第25話 エドワードの実力

 〝黒い手〟アジト内。


 パラディンは息を荒立てながら、禿げたボスの元へと駆け寄った。周囲には黒服の男たちが立ち並んでいる。


「ゲルゲス様……」

 パラディンの声は震えていた。


「思わぬ強敵が現れました」


 ゲルゲスと呼ばれた男の顔が、憤怒の色に染まった。野太い声が反響する。


「では貴様は、そやつらに何もできずに、丸腰でのこのこと戻ってきたというわけか!」


 ゲルゲスは指を鳴らした。パチン、という乾いた音が響く。傍らに控えていた屈強な部下二人が、無言のままパラディンの──これまで何十人もの命をもてあそんできた男の──両腕を掴む。


「お、お待ちください! ゲルゲス様!」


 パラディンの悲鳴も虚しく、彼はおりの中へと投げ込まれた。その檻の奥で、何かが唸り声を上げている。


「助けてくれ! 助けて──!」


 叫び声。

 それに続く猛獣のうなり声。

 檻の中で、ガシャン、グシャンと戦い合う音。


 数十秒後、


 シンと静寂が周囲を包んだ。


 ゲルゲスはおりの中を見つめながら、満足げに口角を上げた。


「誰が来ようとも構わんよ。このSS級モンスターがいればな」


 彼は、


 ──何もない空間に向かって不敵な笑みを浮かべた。





「大変だー!」


 階段を駆け上がる足音と共に、息を切らした部下の声。


「なんだ、次から次へと騒々しい!」


「大変でございます! パラディンを打ち倒した者から、挑戦状が届いております!」


「挑戦状?」


 差し出されたのは、布にい付けられた文字。


『今夜、あなたたちが得た〝あぶく銭〟をいただきに参りますわ』


 ゲルゲスの顔がこうちょうし、血管が浮き出る。


「だれだ! こんな推理ショーみたいなしゃくな真似をするのは!」


 彼は布を丸め、床に叩きつけた。

 

「ボス、今すぐ金庫のセキュリティを確認した方がよろしいのでは?」


 部下の冷静な提案に、ゲルゲスは我に返る。


「そうだな」


 金庫の重厚な扉が開かれると、そこには眩いばかりの光景が広がっていた。ダンジョンの最深部でしか採掘できない、金色に輝く宝石たちが山のように積み上げられている。


「宝石たちは無事だな」


 ゲルゲスは胸を撫で下ろした。


盗人ぬすっとどもめ、やってくるならやってこい! 返り討ちにしてやる!」


「もう遅いですよ」

 その声は、どこか上品で、聞き覚えのあるものであった。


「なに?」


 振り返ったゲルゲスの目に映ったのは、黒服の部下だと思っていた男が、ふふふと含み笑いを浮かべながら帽子と外套がいとうを脱ぎ捨てる姿であった。


 現れたのは、気品をたたえた青年──


「お、お前は! エドワード!」


 ゲルゲスは叫び声を上げ、変装して潜入してきた宿敵に後ずさりした。


「長らくですね、ゲルゲス。随分と悪相あくそうの似合う顔になったじゃありませんか」


「ここに来るとは命知らずめ!」


 部下たちが、それぞれの武器を手に取りながらエドワードに突進した。刀を振りかざす者、弓を構える者──しかし、エドワードはため息をつくだけ。


「弱そうな手下を使っているあたりが、昔と変わらないな」


 彼は剣をさやから抜くことなく、鈍器のように振り回した。


 刀は鞘の前で折れ、弓矢は弾き返された。


 そして、ようやく剣を抜いたエドワードが、さっと一振りすると──


 部下たちは悲鳴を上げて、重なるように床に倒れてしまった。


「勝ったつもりか! 幸せなヤツめ!」

 ゲルゲスはニヤリと笑い、おりに向かって助けを求めるように声を張り上げた。


「出てこい、灰彩はいさいじゅうレビヤタン!」


 檻からドシンと地響きがし、鉄格子が容易たやすく破壊された。そこから現れたのは──


 いや、何も現れない。


 少なくともエドワードの目にはそう映った。


 彼が首を捻る。もぬけの殻かと思った時、


 エドワードの全身に凄まじい衝撃が走った。見えない巨大な拳に殴られたかのように、彼は軽々と宙を舞い、石壁に激突して地面に倒れる。


「ガハハハ! 見たかエドワード!」

 ゲルゲスの高笑いが響く。


「貴様に剣で敗れてから、どうすればお前に勝てるか考えに考えていたんだ! そして出した結論がこれだ! 透明化スキルを持つモンスターに貴様を襲わせればいい! 簡単な話だ! あらがえるものなら抗って見ろ!」





「ほう、少しは頭がえるようになったじゃないか」

 エドワードはゆらりと立ち上がった。口元に血がにじんでいる。


 エドワードは全身の力を抜き、深く息を吸い込んだ。


 リリアナ嬢を怖れさせてはいけない──そんな想いと共に、ほとんど誰にも見せたことのない力を呼び起こすため、詠唱する。


「【彩眼さいがん】」

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