第2話
「おーい、十凪。日向が呼んでんぞー。」
そう言われ、すっかり寂しくなった教室で帰る支度もせずに穴が開くほど見つめていた進路希望調査票から目を離す。そこには、扉に寄りかかり「よっ」と右手を小さく上げた一人の男が立っていた。
「真琴、悪い。まだ、これ出せてないから帰れねえや。」
俺は幼馴染であり親友の日向真琴にそう言って、真っ白な進路希望調査票を見せる。
「んにゃ、俺もケンちゃんに呼ばれてっから一緒に帰れねぇって言いに来たとこ。」
そう言って真琴は頭をポリポリと掻きながら俺の前の席へ座った。
「お前、なんかやらかしたん?」
ケンちゃんとは、真琴の担任でもあり、先ほどまで「ヨミビト学」の授業をしていた男だ。
真琴は成績も態度もいたって真面目な部類に入るため、呼び出しを食らうともあまり思えないが。
「特に思い当たるとこはないんだけどなー。まあ、なんかやらかしてたとしても取り敢えず謝っとけばケンちゃんだし大丈夫だろ。」
「てか、お前のほうこそ大丈夫なのかよ?それ、今日提出だろ?」
トントンと白紙の進路希望調査票を指で叩く。
「いや、大体は決まってんだけどな。」
「あー、警察官だろ?お前小さいころからなりたがってたもんな。別に迷うことねえだろ。」
「まあそーなんだけど‥。」
今度は俺が頭をポリポリ掻く。
「そういうお前はどーなんだよ?」
俺はなんとなく気まずさを感じ、とっさに真琴に質問を投げ返す。
「ああ。俺はヨミ察の専門に行くよ。」
真琴は緑がかった髪を整え、俺をまっすぐと見つめる。真琴の目は苦手だ。垂れ目気味でおっとりしてそうなのに、瞳の奥にはしっかりとした芯がある。
「ヨミ察‥。」
ヨミ察とは正式名称「対ヨミビト警察」。ヨミビトが犯した犯罪を専門に扱う警察官のことだ。
「ヨミ察って言っても、俺の霊能は武闘には向いていないからな。救援部隊を目指そうと思ってる。」
ヨミビトは肉体がないため霊力が剥き出しになっており、人間よりも遥かに霊能力が強い。そしてヨミビトには物理攻撃は効かず、霊能力で戦うほかない。そんなヨミビトを制圧するための組織がヨミ察というわけだ。
「だからさ、白灯も昔からの夢叶えろよ。俺はヨミビトから、お前は人から、この町を、この国を守るんだ。」
俺はくくっと笑う。真琴は「笑うんじゃねえ」と耳を赤くするが、これは別に嘲笑なんかじゃない。
「ふっ、お前相変わらず夢でけぇのな。なんか俺、こんなうじうじ考えててめっちゃダサいじゃん。真琴のおかげで吹っ切れたよ。担任に出してくる。」
そう言って、警察と第一希望から第三希望の欄までを使って大きく「警察官」と書く。
真琴はそれを聞いて嬉しそうに眉毛を下げて笑う。真琴の本当に嬉しい時の顔だ。その笑顔を見ているだけで泣きたくなるような、そんなすごい優しい顔で真琴は笑う。
「おう!俺もそろそろケンちゃんのとこ行かねえと。また明日な。」
真琴は丁寧に椅子をしまって教室を出る。
いつの間にか俺と真琴しか教室には残っておらず、下校時刻が近づいていることに気が付く。
足早に俺も自分の担任の元へと向かった。
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