『鎌首をもたげる』少女たち③
演劇部。まずは一番怪しいとされる吉川 友梨の部屋の扉を叩く。同級生のはずなのに、若干緊張していた。ノックの後ややあって、赤く目を腫らした友梨が出てくる。鼻を啜って、光純と笑那を見据えた。
「……何の用?」
しゃがれた声で友梨が訊く。泣いていたのだ、と理解するのに時間は要しなかった。光純は躊躇いながらも、笑那が喋るよりいいだろうと、先陣を切って話し出す。
「あの、鳳先輩のことで……」
「……面白おかしく報道するのは止めてくれる?」
明らかに怒気を孕んでいる。報道部でなくとも完全シャットアウト状態だ。どうにも話を聞ける状態じゃない。が、今度は笑那は珍しく真剣な表情をして、友梨に向き合った。
「大変なところ、ごめんやで。ウチは、鳳先輩のこの一件に関して、面白そうとか、楽しそうとかでは報道せん。正直言うと、最初はその方向で行こうと思ってた。やけど光純がな、そういう思いで、やったらアカンこと思い出させてくれたんや」
気取られないように足をドアに挟んでいるところは感心しないが、その言葉に嘘はないようだ。社会経験のなさで暴走することはあれど、混じりけのない少女たちは誰よりも素直だ。
友梨は黙って聞いている。
「やけど今回、報道はしようと思っとる。鳳先輩のことや、今日あったことは、本当のことを知らせなあかんと思ったからや」
「本当の、こと……?」
「知ってること、訊きたいんや。鳳先輩のために」
友梨はその言葉を聞いて、また涙がぽろぽろと零れてきてしまった。光純と笑那はぎょっとしたが、それは拒絶の涙ではなく、心を開いた証拠の涙だということを知っている。
「入って……」
落ち着きを取り戻す間、友梨は二人を外ではなく中で待たせた。笑那の元気が滲み出る部屋とは違い、エレガントな雰囲気が漂っている。白を基調としたアンティーク調の家具が並ぶなか、二人はベットの上に座って待つように言われた。ほんのり、百合の薫りが感じられた。
部屋の主はどこかに座ることなく、二人から少し距離を取って、壁際に寄り掛かった。
「瑠樺先輩は……私の憧れだった」
やがてぽつりと、友梨は語りだす。質問したわけではない。先程の笑那の言葉が効いたのか、あれこれ質問されて自分のペースを乱されたくないのか、あるいはその両方に感じられた。光純もそのほうがゆっくり聞けるので、特段口を挟むことしなかった。
「誰よりも、優しかった。本当の、王子様だと思った」
喋っている内に感情の起伏が起こり、収まったと思った大粒の涙が何度も落ちる。それを色白の指で拭い、肩で息を整えながら、言葉を続けた。
「昨日は……朝八時から演劇部の練習で、みんな集まってた。私が来たのは、七時……四十五分ごろ。瑠樺先輩はもう、来てた。私は、裏方で、ずっと先輩の近くにいたわけじゃないけど。衣装を担当していたから、側によることはあったわ。瑠樺先輩の舞台服って装飾が多くて、激しく動くと取れちゃったりするの」
いま思えば、彼女の常の服装は、演劇の練習に合わせてか純白の貴族服が多かった。むろん授業中は制服だが、イメージに合わせてなのか彼女自身の趣味なのか、パンツスタイルを選択している。最近は多様性として、スカートの他にスラックスも用意されているのだ。ほぼスカートなのだが、やはり一部、パンツを選択する層もいた。
「それで、午前中は、十三時までずっと練習。途中休憩とか、お手洗いに行く人ももちろんいたけど、瑠樺先輩は最後までいたし、し……死んだのは……! ……そのときじゃない」
死を実感したくないのだろう。言葉にするのも抵抗がある様子だった。自分はまだ生きていた鳳先輩と会っていたこと、時間を共にしていたことを思い出し、ついに膝から頽《くずお》れる。嗚咽が止まらない。光純は急いで立ち上がって、友梨の背中をさすった。
「辛いこと、思い出させてごめんね……」
「ううん、大丈夫……じゃないけど、大丈夫。光純ちゃんって、優しいんだね」
一瞬こちらに向けて口角を上げたが、言うべきことを言ったらすぐにまた悲しい顔に戻ってしまった。泣き顔は恥ずかしくて見せられない、という女子も多い。彼女もその部類だろうに、そのことも気にせずさめざめと泣いている。
「ありがとう。でも、もう少し聞きたいことがあって……いいかな?」
数秒考えて、友梨はこくりと頷いた。
「鳳先輩なんだけど、練習後に誰かと会っていたとか、何か用事があるとか、そういうのは話してなかった?」
「……特には、聞いてない。演劇のために他にも習い事してるけど、今日は、用事もなさそうだった」
「じゃあ、演劇部が解散してからは、鳳先輩の姿は……?」
「私は、寮に帰ったから分からないけど。お弁当持ってきている人もいるから、中庭とかでお昼食べる子もいて。でもその子たちも見てない、って言ってた」
演劇部の中で、色々と状況交換はしているのだろう。最後の言葉ははっきり宣言した。
「瑠樺先輩は、部長で、施錠があるから、最後まで残っているけど。鍵を返しに行くところは見ている子たちがいる。いつも決まって、最後は大道具担当。荷物が多いし、重いから。一番最初に用意して、一番最後に帰るの。一人じゃ持っていけないから、何人かで、姿は見てる。だから、嘘ついてることは、ないと、思う」
光純はそこまで聞いて、深く頷いた。複数の目撃証言があれば信憑性は高い。共犯者の線もなくはなかったが、瑠樺信者の多いこの部で犯行の協力者を得ることは難しいだろう。
「そう、分かった。その他に、何か気になることはなかった? やっぱり誰かいなかった、とか」
「いなくなった、のは分からない。最初からいなかったのは……二、三人。ミサの関係で、教会に行ってから、来てるけど……それ以外は」
「そっか、日曜日……だもんね」
教室が立ち並ぶ先には校庭があり、そのさらに奥、校門から一番遠いところに礼拝のための教会がある。キリスト系の学院であるがゆえにある施設だが、それも最近は名ばかりで普段からはあまり足を運んでいる者もいなかった。
けれどやはり日曜日には祈りを捧げる者もいるようだ。数人で行動しているなら、少しでも変な行動をすると怪しまれる。それに朝の時点では瑠樺には何も危害は加えられていない。その他の情報はなさそうだった。
「最後にもうひとつ、3.7という数字に、思い当たることはない……? 例えば、誕生日とか」
友梨はこれも少し考えてから、首を横に振った。
「……ううん、瑠樺先輩の誕生日は四月……、四月二十五日だし、私は五月十七日。その日じゃないわ」
不思議そうにそう答え、何か質問しようとする素振りを見せたので、今度は笑那が場を仕切りだす。
「おおきに! ほなウチらは、他の子達に話し聞きに行ってくるわ。この件は任しとき! 絶対に真実を見つけたる!」
「笑那……。そうね、任せて。私たちが必ず真相を突き止めるから」
「………………お願い、します」
決意を秘めた四つの瞳が友梨を射抜き、疑問は飲み込んだようだった。深く、頭を下げる。
じゃあ、と別れを告げ、二人は部屋を出て行った。友梨を一人にしておくのは気が引けたが、ここでいつまでも立ち止まってはいられない。
「笑那、さっきはありがとね」
部屋を後にして少し経ってから、光純は笑那に感謝した。多少の疑問は残るだろうが、証拠が残っていたことを下手に話すと場を乱しかねない。
「ええってことよ。それより、さっきの言葉、本当にせな箔が付かんで? ……ホンマにええんか?」
最後の問いは、己の胸の内にも掛けられているように感じた。本当にいいのだろうか。さらに一歩踏み出すと、もしかしたら、いやもしかしなくとも親友を危険な目に遭わせてしまうかもしれない。後悔は先に立たない、とはよく言ったもので、未来のことを考えると不安になる。
でも、それでも。お互いに同じことを思っているからこそ。立ち向かえるものもある。
「うん」
短く、それでいて強く、返事をした。笑那は困ったように、申し訳ないように笑いながら、それでも明るく答えを出した。
「ならウチも、腹括らんとあかんな! 光純に決めさせてしもた、ごめんな……」
「大丈夫、大丈夫だよ」
その後は十数人の部屋をノックし、聞き込みを続けていった。突っぱねられることもあったが、意外とすんなり話を聞いてくれる人が多かった。きっと友梨が手を回してくれたのだろう。
しかしながらやはり皆同じことを証言するばかり。ついでだからと、昼ごろにバレーボール部の練習時に近くに居た子にもう一度会いに行った。念のため、大和の誕生日を確認したが、やはり九月二十二日とのことだった。
「当たっとる」
「でしょ?」
と、笑那と他愛ない会話をしながら、消灯時間ギリギリまで駆けずり回った。
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