18題目.交換所
ヒグラシがひとしきりなき終えると、山の中に再び静寂が訪れた。通り雨を降らせた雲も過ぎ、白い雲だけが空にかかっている。一見朝なのか昼なのか判別がつかない、まるで時を止めたかのような白い空だった。
その下で沙那江はすっと背筋を伸ばした。先ほどまでとは打って変わっての、しゃんとした立ち姿。ついと片手を上げ腕を伸べて。沙那江は花代を、
「もし、あなたが望めば――」
沙那江の声が滔々と流れた。いつかの唄のように。
「この庵の名は
それを聞いた花代ははじめ、面食らって思わず首を横に振ろうとした。にわかには信じ難い話だ。
でも――。この俗世から隔絶されたような夏山でなら、その空気に当てられ浮かされて、そういうこともあるのだろうと、不思議と腑に落ちてしまう感覚があった。
花代は一度は横に振りかけた首を、そっと疑問を呈すように傾げる。
「……じゃあ、沙那江さんもそうして今ここに?」
沙那江は曖昧に微笑んだ。肯定とも否定とも、読み取れるし読み取れなかった。雲を掴むような、雲に隔てられたような。そこにあるはずなのに見えない答え。
やがて、曇り空の向こう側で太陽が徐々に高く上り明るさを強めていくのが感じられた。時間帯は早朝から、午前と呼ぶべきものへと変わっていく。
「夏の一日というのは長いようで短く、瞬く間もないほどに斯くも疾く過ぎ去ります。今この限られた時間。しかとお考えになって、どうぞ善くお過ごしになってくださいね。花代さん」
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