3題目.鏡

 四方を山々に囲まれた舗装のされていない道。今にも傾き潰れてしまいそうなトタン屋根の停留所。くすんだ色あいのバスがそこに停まり、人が降りてきた。一人だけ。

 日が傾きかける折。降った雨の上がって間もない頃。曇り空。立ちこめる湿った土のにおい。

 遠のいていくバスを見送った後、花代かよはぐいと辺りを見渡す。道の端にぽつりと立つカーブミラーに、自分の姿が映っているのが目に入った。

 茶色に染めた短めの髪を一つに縛って。紺のカットソーにベージュのパンツ。背中には小さめのリュック。いかにも、都会に疲れここまでやってきた若い女といった出で立ちそのものだった。

 それに少し苦笑いを浮かべた後、花代は映る姿に背を向けて歩きはじめる。


 山の中を進むうちに、辺りはみるみる暗くなった。日が落ちるよりもずっと早く暗くなったように思えてならない、奇妙な感覚。歩くたび自分の鳴らす草木のガサガサという音が、より一層焦りをかき立てた。

 その中で花代はふと、足もとの低いところで、ぼぅ、と光る灯りを見つけた。その方に向かって茂みの間をかき分け進むと、ふいに開けた場所に出る。

 そこで花代は、今ほど見た光は川面に鏡映しになった燈火だったのだと気づいた。

 ゆらゆらと揺らぐ同じ川面に、白い影が映る。花代はハッと顔を上げた。向かい合わせ。そこにいたのは、白い着物をまとった黒髪の女。その奥には燈火を焚いた一軒の小さな日本家屋が。

「……ようこそ」

 着物姿の女は、その口を開いた。蒸す空気の中を、涼やかな声が通る。

「さぞお疲れのことでしょう。どうぞお入りになって」

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