第10話 女勇者像

 宿屋の部屋に朝の柔らかな光が差し込み、レオの寝息が静かに響いていた。アリシアは徹夜で周囲を警戒しながら夜通し彼の寝顔を見守っていた。薬の効果か、レオの顔色は昨夜より少し良くなって来ている。


「よかった………、薬が効いてるみたい」


 アリシアはそっと呟き、彼の額に触れる。熱はない。この様子ならオルテリアまで無事にたどり着けるだろう。


(けど、銃創は深い、オルテリアに着いたら治療術士を呼ばないと……)


 その時は王女としての権威を使おうと思ってる。有名で腕の良い者ならレオの傷は問題なく治せるだろう。金に糸目はつけるない。


 少し時間が過ぎ、レオは目を覚ました。側に姉がいることに安心するが、視界がはっきりすると、彼女の優しげな表情の中に疲れが見える。


「もしかして、ずっと起きてたの?徹夜しちゃダメだよ!お姉ちゃんもベッドで寝て、見張りは俺がするから!」

「ありがとう、レオ。でもお姉ちゃんは強いから大丈夫だよ」


 アリシアはレオに心配させないように微笑むが、レオにとっては大事な姉が自分のために無理をすることは過去にもよく有った事であり、引くつもりは無かった。


「ダメだよ!お姉ちゃんは昔からすぐ無理をするから!ね、お願いだから寝て?俺がちゃんと見張るから」


 レオはベッドから降りつつ、彼女の手を引いてベッドに導いた。

 アリシアはレオの純粋な心配に満ちた眼差しに負け、頷く。


「わかったよ。じゃあ寝るね。見張りお願いね」

「うん!任せて!」


 アリシアはベッドに横になり、ゆっくりと目を閉じる。偽りの姉をしていることの罪悪感は残っているが、彼から感じる家族愛や優しさが彼女の心に温もりを与えている。レオは彼女の側に座り、周囲に異常がないか確認しながら見守った。


 ――――


 2人は簡単な朝食を済ませ、宿屋を出る。村の中心部を通りかかると、教会の前の広場に古い彫像が立っていた。約300年前に魔王を討伐した女勇者エリスの像だ。エリスはこの世界の象徴的な英雄で、聖教領に限らず多くの地域に像が建っている。


 レオは像を見ると昔の記憶が頭をよぎる。姉アリアはよくこの女勇者エリス像に似てると言われていた。


「お姉ちゃん、ほら!エリス様の像だって!昔からお姉ちゃんはエリス様に似てるって言われていたよね!優しい目に綺麗な顔、それに強い!お姉ちゃんにそっくりだよね!」


 アリシアはその言葉を聞き考え込む。彼女自身も過去に同じ事を言われた事があるからだ。オルテリアの王宮で侍女達がアリシアの事をエリス像に似ていると……

 その時は特に気にしていなかった。だが自分と瓜二つの女性、アリアの写真も頭に浮かぶ。


(レオの姉アリアも同じ事を言われていたのか……。私とアリア、そして勇者エリス……、これは本当に偶然なのか、何か関わりが……)


 彼女の表情が曇ると、レオは姉が元気がないように感じ、心配になった。


「お姉ちゃん、どうしたの?何か変なこと言っちゃったかな?」

「ううん、ちょっと懐かしくてね。エリス様に似てるって言われていたよね」


 アリシアは慌てて微笑んだが、レオは彼女を元気付けようとする。

 

「お姉ちゃんはエリス様よりずっと綺麗だよ!お姉ちゃんより綺麗な女の人、見たことない!他の女の人とは天地の差だよ!」


 その褒め言葉がアリシアの心を明るくさせた。彼が一生懸命、自分を笑顔にしたいという思いが伝わってくる。


「レオはお姉ちゃんの事を随分高く評価してくれるね」


 彼女はからかうように言ったが、もう心に暗いものは無く喜びに満ち溢れていた。

 

「ふふ、天地の差か、すごく褒めてくれるね」


 レオも少し照れてしまうが、それよりも姉が喜んでくれているのが嬉しかった。

 

「だって本当のことだから!お姉ちゃんは世界一だよ!」

「レオは口が上手いね」


 彼女が笑顔になるに合わせて、レオも明るくなる。 


「口が上手いかな?俺、お姉ちゃん以外の女の人を褒めたことはないよ!じゃあ才能なのかな?」


 アリシアはくすっと笑うと、レオを抱きしめる。


「そうだね。才能だよ。お姉ちゃんを喜ばせる才能!」


 頬をレオの頬にグリグリと押し付けて強く抱きしめる。レオは苦しそうにしているが、嬉しそうだった。

 

「お姉ちゃん苦しいよぉ!」


 2人の笑い声が広場に響き、誰から見ても彼らは本物の姉弟に見えていた。


――――


 村を抜け、だんだんとオルテリアへと近づく。遠くに川が見え始めた。


「レオ、あの川が国境だよ。あそこを越えればもうオルテリアなんだ」

「やっと着くね、お姉ちゃん!」


 アリシアの目にようやく祖国が映り、心の中で安堵が広がる。だが一つの懸念があった。オルテリアでは自分は王女だ。これまで以上に自分の正体を隠すのが難しい。レオにバレた瞬間、偽りの姉ではいられなくなる。


(レオにはバレたくない……。出会って数日だが、離れたくない……)


 アリシアはそう思い、先程の村の雑貨屋で耳栓と目隠しを買っていた。


「レオ、オルテリアに入ったらこれを使ってね。耳栓と目隠しだよ。お姉ちゃんの指示で付けて」


 レオは少し不思議そうな顔をして受け取った。


「うん、わかった。けど、どうして?」


 アリシアは自然に説明する。


「その……、オルテリアでは聞かれちゃいけない機密とかあるから……レオを離したくないし、こうすれば側にいれるから……」


 その言葉を聞きレオは納得する。優秀な姉の事だ、オルテリアでかなり偉くなったのだろう。まだ他国の騎士である自分が姉と一緒に居るなら妥当なことだった。だが不安が残る。

 

「うん、つけるよ!けど、お姉ちゃんが側にいるか分からないよ……。だから手を……」


 レオが恥ずかしそうに言うと、その言葉が終える前にアリシアは気がついた。 

 

「もちろん!手を握ってるから、レオが目隠しをしてる時は絶対に離さないよ」

「ありがとう!お姉ちゃん、これなら怖くないね」


 2人は手を繋ぎ、国境へと向かった。レオの胸には新天地で再び姉と暮らせる希望が高まっている。アリシアはレオの手を握りしめ、偽りの姉として彼を守り抜く決意で固めていた。


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