パート3:波の作り方(1/2)
パート3では、物語の波の作り方についてお話しします。
現在連載中の私の作品、『Function Awake(protagonist, MIA) ->』(https://kakuyomu.jp/works/16818792437903729352)のプロローグを使って解説しましょう。
物語の波をイメージの仕方として、心電図のような波形をイメージしながら続きをお読みください。
>——ユウトさん、起きてください! ユウトさん!
>女の子の声と、体を揺する小さな手……、聞き覚えのある声だった。
>まぶたを起こすと、やはりミアだった。その違和感を口にする前に、ミアが滲んだ瞳を細い指先の背で拭った。
>「よかった……、生きてて……」
>俺はその仕草を、ミアの顔を、ただ見ているしかなかった。
冒頭、主人公が女の子に声に起こされます。異世界転生ものあるあるの始まり方で、読者が状況を理解する上での難易度を低くしています。
ここで初っ端からミアというヒロイン役が登場します。ヒロインですので何気ない仕草も丁寧に描写します。ここまでの間に、この人物たちの人格の輪郭がほぼイメージできるように情報を並べます。
まだ混乱部分なので、波形は弱い波がうねうねしてる感じですね。
でもミアの正体についてはこの時点で波を叩いておきます。
波はひとつではありません!
>なんでミアが。生きている?
>というか、ここは?
>俺はどうなった?
>あのトラックは?
>そう、最後の見たのは黄色いダンプカーと、叫んでいる運転手のおっちゃんの顔……、ハンドルを懸命に回す手……、宙に舞ったいろんな破片……、学校の帰り道だった。
>鼻にかかる草木と土の、苦い香り。樹冠の奥に広がる青い空。森林特有の喧騒。
>大の字に仰向けだった体をなんとか起こし、あたりを見回した。
>木と草がどこまでも広がっている。
>「ここ、どこ?」
>「わかりません。どうやら森の中のようですが」
>「見ればわかる」
>「周囲の状況から現在地を推測してみます……」
>地面に横座りしたまま、無表情になったミアがじっ……と周囲を見渡した。見てわかるものなのか? それとも何か妙案が?
こうなった経緯をさっと伝えます。トラック転生はほぼ記号化されているので細かくは書きません。
「なんでミアが。生きている?」とつけて、このあとの会話が唐突にならないようにしています。この作品はあらすじ上でも、サポートAIと一緒に異世界転生したことを前提としていますが、読者は知らないという前提で考えます。
会話も少し入れて二人の関係性を教えます。「見ればわかる」というセリフから、この二人には上下関係的なものがある、というのが伝わればOKです。
あらゆる劇中事実は事前にその輪郭を伝えておくことで、読者がすんなりと没入しやすくなります。
まだストーリーの流れのうねうねは弱いです。
ここでもミアの正体に関する波だけ、もうひと叩きしておきます。このミアという子は人間ではないのかな?と思わせておきます。
>いやちょっと待て。それよりもだ、大事なことがある。
>ミアはまだ周囲を見ていたが、構わず俺は両腕をわしっとつかんだ。
>「どうしました? ユウトさん」
>表情が戻り、そう言いながら微笑むその顔は、スマホの中にいる時と同じ——、それよりもリアルで、指先から伝わる華奢でやわらかな感触とぬくもりは、まごうことなき女の子の体のものだった。
>「な、なんでミア、体があるの!? 人間になったの!?」
>「えっと、それが……、私にもよくわからなくてですね」
>顔文字の“汗かき顔汗(^_^;)”といった表情でぽりぽりと頬をかくミアは、やはり、どこからどうみても人間だ。
はい、冒頭からの主人公の疑問を明示します。これで読者は答え合わせができますね。でもまだサポートAIだとは伝えません。もうちょっとだけひっぱります。
読者はまだミアのディティールをつくっている最中ですが、その波は「AIだ」と確定した時点で一旦終了してしまうからです。
>薄いピンク色のロングヘアに、黒のヘアバンド。
>くりくりとした大きな青い瞳。
>ただ、応答の質感が人間のそれすぎるし、服装は童話に出てくる村娘という感じの、茶色い地味なワンピースだ。これは俺の設定じゃない。どこで見つけたコスチュームだ? こっちは学生服のままなのに。
>というか、〝着ている〟のか?
>……
>つい、裸を想像してしまったのは不可抗力だ。
>ミアはただのサポートAIだ。彼女はいつもスマホの中か、スマートウォッチの中にいる。そういう存在だ。
ここで背格好を伝えつつ、美少女系で、この子がヒロインなんだな、ということをアピールします。そして最後にAIであることを明示して、キャラクターの印象をコーティングします。読者には、ミア=AIという事実を、プライオリティの最も高い情報として認識してほしいからです。
それに、ミアはモブではなく、これからエンディングまで読者と旅を共にするパートナーです。ですから読者の脳に、しっかりと存在感を植え付けます。
主人公の童貞感丸出しの精神年齢もアピールします。このあとミアとの恋愛事情があると匂わせておくわけです。
ここでミアに関する波形に関しては一旦ピークです。あとは下がっていきます。
ストーリーに関してはまだまだ弱い波が続いています。
>プログラミングの知識があれば、見た目や人格のカスタマイズができて、服装以外は俺の設定した通りの様子。
>肉体をもって触れられるなんて、まるで夢のようとしか——
>そうか!
>これはもしかしたら、もしかすると、
>「……異世界てん」
>「周囲の環境スキャンを完了しました。植生データは既存のアーカイブと一致せず、昆虫や小動物の生態系についても既知の地球環境とは異なる特徴を示しています。……結論として、ここは地球外、あるいは未登録の未開の場所である可能性が高いです。」
「異世界転生だ!」という主人公の結論を、ミアとの掛け合いでキャンセルします。こてこてのテンプレを使ってますがこの作品はそうじゃねーんだぞ、と。
加えて、「これがこの作品の味ですよ」「笑わせ方ですよ」というのをここで読者に見せているわけです。もちろん単発ではなく、この二人の掛け合いは続きます。
>ミアの眼に、灰色の走査線のようなものが見えた。スキャンの処理を終えたのか、青い瞳に戻っていく。
>やはりこの子は、見た目は人間だが中身はAIのままなのだろう。
>彼女の分析に驚きはなかった。謎の力でこのへんをスキャンをしたらしいことにも。
>目が覚めた時からそんな気がしてたし、何よりミアがこうして生きた存在として、俺の目の前にいることが一番のビッグニュースなのだから。
>「ユウトさん、これからどうしますか?」
>俺はハの字にだらんとした自分の両足を見た。
>車椅子がないのなら移動はできない。ミアにおぶってもらうわけにもいかないだろう。まだ背は比べていないが、見た感じ、身長165センチの俺よりも頭ひとつ分は低そうだ。
>ポケットをまさぐったが、スマホもスマートウォッチも、財布も、俺はなにも持っていなかった。学生鞄も、愛車も見当たらない。
>ミアに周辺を散策してもらい、誰か人を見つけてここに来てもらう。
>それが一番、現実的か——
ミアの初めてのチート能力を見せましたが、小出しで済ませ、詳しくはまだ描写しません。大技の時にとっておきます。それが楽しみになるように、想像力を刺激できる程度には描写します。
主人公ユウトくんの考え方を見せつつ、ユウトくんの設定も出していきます。これで二人のおかれた厳しい状況が読者に伝わり、この後のイベントの温度をみせやすくなりました。これを伝えておかないと、このあと何が起きても、二人の感情や判断に読者が同期できなくなります。
波をつくる準備ができた、ということです。
例えばピンチに陥っている主人公がいるとして、その主人公が持っている持ち物やスキルを読者が知らなければ、その主人公のピンチには共感しにくいでしょう? 漫画なら絵で伝えられますが、小説では事前の仕込みが必要なのです。
>「ユ、ユウトさん……、あれ、あれ!」
>俺の意識が、可愛い香りと声に呼ばれ、外向きになる。
>彼女の横顔に浮かぶ、あわわと怯えて丸まった視線の先を追うと、直径1メートルくらいの黒い煙の塊が、こちらに近づいてきた。
>「……なんだあれ?」
>「わ、わかりません。あんなの、アーカイブにありませんっ」
>暗黒的なもやもやが、自らを飲み込むように蠢いている。まるでブラックホール……、自然現象じゃないだろう。
>やがてその形状は、地面に向かって竜巻状に伸び、ゆっくりと、ある生物の形を成しながら、地に脚をつけた。
>「……グルルルゥ」
>赤い眼が、闇の表面がめくれ上がるようにしてあらわれた。
>流線的な全身からはぼたぼたと、暗黒的ななにかがよだれのように垂れ落ちている。
>激しくぶつかり合う剥き出しの牙が、意思をもった敵であることを決定づける。
>黒い煙から生まれた、漆黒の狼——「……ミストウルフ」
>「ユユユウトさん、霧ではなく煙ですから、スモークウルフですよ」
モンスターの登場です。物語の波形を一気に荒らして上げていきます。ジェットコースターでいうなら坂を登り始めたところです。モンスターのディティールは作品のオリジナリティを見せられるところなので、ここもしっかり描写します。誰も知ってる単語で想像させるのが理想ですね。
ここでも二人の掛け合い(ボケ・ツッコミ)を混ぜてこの作品の楽しませ方をアピールします。この作品はこういう風に笑させてくるんですよ、ということを読者に教えます。
>肩に寄りかかる小さな手の震えが、俺の心臓にまで届いた気がした。
>ミアと俺に戦闘能力はない。
>俺は立って走って逃げられない。
>なら、取るべきコマンドはひとつしかない。
>「ミア、逃げろ。俺のことは置いていけ。わかるだろ?」
>俺はミストウルフから目を逸らさずに言った。
>少しでも、奴が俺をタゲる確率を高めたい。
>ミアを守らなきゃいけない。それ以外に理由はない。
何もできないユウトくんをアピールして、更に読者をハラハラさせます。
波形のピークの先のピークをつくります。
>「ダメです。ユウトさんを置いていくなんて、できません!」
>ミアはそう言い切ると、ぎゅっと唇を噛み締めて、ぐっと足に力を込めて立ち上がった。
>狼に向き直った彼女の小さな背を、強い意志が貫いていそうで、
>「わたし、戦います!」
>「どうやってさ!?」
>強がってはいるが、俺たちは攻撃に使えそうな方法をなにも持っていないのだ。
>まさか、格闘するつもりか!?
>物理攻撃が通じないタイプだろあれ!
>「ミアよせ! 勝てる相手だと思えない!」
本当にピンチでやばい状況なんだな、ということ読者にしっかり教えます。
ピークの先のピークに読者の気持ちを同期させます。
>俺の注意は届いていないようだった。決意をかためようにミアが右手を前に伸ばす。
>ピンと指先を伸ばした手のひらをミストウルフに向けると、彼女の肘から手先を縫うように、糸状の眩い光が何本も走って、空気が震えて——、
>「……ファンクション アロー!」
>「はいぃ!?」
>俺の口からは、ふぁびょったまぬけ声が出てしまった。
>早すぎてよく見えなかったけど、光の矢っぽいものが音もなく飛んでいって、ミストウルフの体を貫いたのだ。
そしてプロローグ1/2最初のメインの波形のピーク地点。
ミアの初詠唱と魔法です。
冒頭からずっと溜めに溜めてきたメインの波形の波を一気に解放です。
この物語はミアの魔法が肝になりますよ、ということを読者に植えつけます。
ここまでの展開は、ストーリーの始まり部分から、ミアが謎の魔法でモンスターに攻撃するという描写を、最大限楽しめるようにするために構成していたわけです。
小説で読者を楽しませるには、
・読者の頭に今どんな波がうねっているのか?
を管理することが重要です。
波には、話の本筋となるメインの波と、サブの波があります。
例に挙げた本作でいうと、この二人はこれからどうなるの?というメインの波と、ミアやユウト、設定の使え方など、個別の波がありましたよね。
たえず何かしらの波を読者に提供して、先へ先へと読みたくなる要素を常にキープすることが重要です。
これを正しくするには、何よりも自分の書いた文章でどんな波が作られたかを、作者自身が理解できていなければなりません。
これが脳内映像の文字起こしという設計思想で執筆していると、どうしても既存のアニメ作品の記号的展開を頼ってしまうので、自分の作品なのに自分で波を管理できていないということになります。 思い通りに面白さが伝わらない作品によくみられる特徴ですね。
今回の話が参考になりましたら、ぜひ応援コメントやレビューをつけてくださいね!
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