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  • 現在の私は、貴方本人に強い関心があります。
    ひょっとしてこれ、恋かしら!?

    ……いや、違うと思う。
    共感と反発が渦巻きながら、このテキストも一気読みしました。
    貴方はとても知的(知的であるということは知的であろうとする意志も含みます)で、他責思考ではなく、社会性を尊重したいと思いながらも、議論好きでめんどくさい変な人ですね。あくまでこのカクヨム内のソースで私が感じていることですが。

    私、そういう人が大好きなんです。

    自分と似てるから、という理由だけではないですよ。
    例えば、今回のようなテキストを私が書いたら(書けないし、書かないけど)、
    再三、文中で繰り返される「それは脚本であって小説でありません」という文言を私が書いたとしたら、私は次のような文章とセットにしないではいられません。

    「もちろん脚本だから良くない、と言ってるのではありませんよ。小説の面白さは色々あります。脚本でも結局は面白ければいいし、私もそういう小説を楽しむときがあるし、書くのも楽だから、意識的か無意識的にしろ脚本の要素がある小説は評価されてもいいと思います。ただ、書き手としては、想像力も含めて他者の協力が前提になる脚本よりも、小説としての表現のほうが自由だと私は思うのです」

    ここで判っていただきたいのは、私は別に、読者への思いやりとか気遣いだけで書き加えるのではありませんよ。「ここまで書かないと読者ってバカだから自分がバカにされてると思うだろ」という気持ちがゼロではないからです。

    貴方がこう付け加えないのは、逆に読者への知的信頼かも知れないし、「わざわざ書かなくてもそう読解してもらえるだろう。それが悪いなんて書いてないんだから」という気持ちがあるからかも知れません。だからこの点は個性の問題に過ぎないのです。

    私が貴方に対して最大の興味を持つ点は、小説表現やキャラそのものに対する気遣いと、貴方のテキストを読んだ読者(プロを目指してたり、漫然とスナック感覚で読むカクヨムユーザーとか)に対する気遣いが、明らかにアンバランスだからです。

    他人の小説を読んだ自分や他人がどう感じるか。は、実に理路整然と判るのに、
    自分のテキストを読んだ読者がどう感じるのか。は、判ってないように見える。
    いや、見えるときがある。
    (判ってないだろう、なんて私は言ってませんよ!)

    真実とかかわりなく貴方がそう見えてしまうことに、私は共感と反発があるのです。

    でも、もちろん、これもまた小説をヨム楽しみのひとつ。
    カクことの参考(とても強い参考です)にもなるし、他の作品もぜひ、読ませていただきます。

    余談ですが、カクヨム外部へのURL誘導は禁止ですよ。
    心理テストはカクヨム作品への変更をお勧めします。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。

    アンバランスについては、どこをファーストにしているか、という点でフォーカスの違いがあるかな、と思いました。

    読者ファースト寄りに書いた場合は、尻鳥様のコメント内にあります歩み寄る文章が検討にあがりますが、私の場合は作品ファースト。この作品の口数はこれでいい、これで気に入る人だけでいい、といったあたりから生み落として、最初に自分と距離の近い読者から集めるようにしています。

    そうしてリーチを広げつつ、作品のシェア数や人気度、アクセス数に応じて文章を対応させていく感じですね。いきなり自分から距離のある人(間に別の読者がいる)に向けた言葉は書かないって感じかな。


    URLについて実は知ってました(笑)が、今回ご指摘を踏まえて整えました。良き機会をありがとうございました。

  • 他人がどう考えているかですか。それも僕の小説において足りていない点ですね。僕は、自閉症スペクトラム障害だから、出来るだけ直さないと。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。
    私もASDの診断を受けているので、実のところ、サファイアさんの作品の構成評価をしていた時から近いものを感じていました。

    小説的描写と脚本的描写の見分けがつくようになれば、近道になる部分もあると思いますので、ぜひ研究してみてください!

  • 小説とは、主人公の感覚で書くものなのか。なかなか、一筋縄では、行きませんな。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。

    サファイアさんのご感想を私なりに言い直すと、読者の感覚を呼び起こす文章で物語を伝えるもの、です。パート1は、映像描写ではそれが難しいというお話でした。

  • 小説は感覚で進んでいくもの。この感覚を掴んでいけばいいのだなという、わかりやすい指標ですね!

    確かに私は、頭の中に映像で浮かぶような形で描いてしまってました。

    その方が「ん?これどういうこと?」ってならずに済むのかな、なんて勝手に思ってましたが、それは小説ではないんだ…!と目から鱗です。

    作者からの返信

    応援コメントありがとうございます!

    そうです。言葉で読者の感覚を反応させ、その反応で物語を伝える。これが小説です。映像的描写は、その感覚を起こす文章技法の中で活用されるものといえます。

    これがわかるようになるとやりたい放題になるので、小説を書くのがすごく楽しくなりますよ!

  • 自分は過去に読んだ小説の見よう見真似で書いている感じですが、小説的な描写と脚本的な描写といったものは意識したことがなかったので、目から鱗でした。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。
    今回のお話しで見分ける感覚が芽生えたのでしたら、ぜひ、これまで読んできた作品をもう一度読み返してみてください! きっと新しい魅力に気づけるはずです!


  • 編集済

    "丸いバンズに野菜やビーフ、トマトを挟んだものを、必死でサンドイッチですと訴えたところで、社会はそれをバーガーと呼ぶのです"

    あなた様の意図する範囲内の構造の中で、うんうんと目を閉じながら頷いておりました。

    よく言われる、目的と手段の逆転、それについてよりも混合に着目していきたいと思います。

    では、上記のふたつを前提とした、ここから先のことについて描いた経験はございますか。何の目的で、誰が描き、誰が読むのか、読むだけでなく、書き手と受け手が対話的に物語を通してコミュニケーションをするのか、など、社会との接続についてです。

    いかがですか。

    作者からの返信

    応援コメントありがとうございます!
    サンドイッチとバーガーの例えは、やや極端すぎたかと思いましたが、通じたようでよかったです。

    問いかけの部分、私が意図を読み間違えていなければいいのですが、私の創作は常にコミュニケーションの理解への挑戦が背景にあり、自分自身の心の校閲と、相手の校閲を助けるつもりで執筆をしてきました。

    それは問いかけにある、ここから先を描いた経験に通ずるものなのかな、と思いました。次パート以降もお付き合い頂ければ幸いです。