第18話 鬼才のシズ



「義父さん……」


 シズは、呟いた。


 銃を撃ったのは、壮年の男であった。シズの養父どあるスーリアである。


 がっしりとした体格のスーリアは、どちらかと言うと華奢なシズとは似ても似つかない見た目をしていた。シズは優しげな顔立ちをしているが、父と呼ばれたスーリアは厳つい顔立ちをしている。


「誰だよ。……あいつ」


 アルファは、小さく呟く。


 突然現れたスーリアは、軍服を身にまとっていた。故に、軍人だと分かる。


 視察なのだろうか、とアルファは思った。


 軍人を多くの輩出している学園なのだ。部下を引き連れてやってくるような偉い人間がやってきてもおかしくはないのかもしれない、とアルファは考えた。


 シズの養父であるスーリアは、魔獣の襲撃の最中であるというのに落ち着いている。スーリアには、魔獣の襲撃に驚く部下が二人もついていた。


 スーリアの部下たちは、エリートなのだろう。故に、実戦経験が少ないのかもしれない。部下たちが恐怖するほど、スーリアの落ち着きの異様さがひきたつ。


 その場にいるほとんどの者が、スーリアがただ者ではないことを知っていた。魔導士としての腕は並程度であったが、養子であるシズの働きを利用して大尉として登り詰めた人間である。


 魔法の研鑽に一生懸命になりすぎて出世にはあまり興味を示さない傾向が強い魔導士のなかでは、異色の存在でもあった。


「今日は視察でやってきた。階級で呼びなさい」


 義父の言葉に、シズは背筋を伸ばした。敬礼をして、言われた通りにの義父を階級で呼ぶ。


「失礼しました、スーリア大尉」


 シズの言葉に、大尉と呼ばれたスーリアは満足げに頷いた。その顔が少しだけ嬉しそうになったことは、数名の人間しか分からなかった。


「変なおっさん」


 その表情を見抜いたシズは、そんな印象をスーリアに抱いた。魔獣と戦っている最中に、優しげに笑うなんて……狂っているのか。それとも危機感がないのか。


 なんであれ、シズの義父はまともな精神ではない。アルファは、そのように感じていた。


「見苦しいところを御見せして、申し訳ありません。決闘中に魔獣が出現し、現在は討伐中です」


 スーリアは、周囲の様子を見まわした。


 生徒たちはアルファ一人を除いて全員避難しており、怪我人は一人もいないようである。


 良かった、とシズは思った。


 生徒たちが怪我をしなかったのは、非常に幸運だった。


 多くの教師が集まってきたいた事も幸いだ。生徒を避難させる人手と戦える人手が、とても多かったからだ。これは、誇れることだ。


「元軍人たちを焚きつけたか……。戦力が読めない中で、よく怪我人を出さずに戦っていたな」


 義父に褒められたというのに、シズは表情は浮かないものだった。


 スーリヤは、その表情を不思議に思う。スーリアは、シズの心の中の大半を占めているとは知っていた。そんな自分が褒めたのだ。


 シズは犬のように喜ぶのだ、とスーリアは考えていた。


「この程度で褒めるなんて、やはりもう……。俺には、なにも期待はしていないのですね」


 シズは、虚空に手を伸ばす。


 そこに出現したのは、光だ。


 眩しい光は、やがて一直線に巨大な魔獣の元に伸びた。一直線に伸びる光は、光の魔法だ。闇の魔法と対極をなす魔法であり、とても珍しい属性である。


 光の魔法は、当たりさえすれば全てのものを貫通する光線である。だが精密に狙いを付ける必要があるために、扱いが難しい魔法の一つでもあった。


「……相変わらず、扱える属性も多いな」


 スーリヤは、ぼそりと呟いた。


 普通の魔導士は、使える魔法が制限されるものだ。スーリヤも水と氷しか使えない。


 だが、シズはほとんどの属性の魔法を使える。これは、シズの才能と努力のおかげである。


 光の魔法すら、巨大な魔獣は避ける。魔獣を避けた真っ直ぐと飛ぶ光は、木の幹を貫通した。


 光の魔法は地味だが、何でも貫通するというのが特徴的な攻撃である。制御は難しいが、それさえ乗り越えてしまえば便利な魔法だ。


 殺傷能力も高く、暗殺にとても向いているのだ。この魔法をシズが使えると知っている者は、実のところとても少ない。部下のなかで知っていたのは、リーシャと行方不明になったユシルスだけであった。


 その二人は、シズにとっては特別な部下だったのだ。


 光の魔法での攻撃を見た途端に、巨大な魔獣は逃げ出す。まるで、シズの魔法の危険性を知っているかのようだ。


 巨大な魔獣がいなくなった事で、他の魔獣たちも森に向かっていった。撤退にしていく魔獣たちの背中に、シズは思わず舌打ちをする。


「逃がしたか……」




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