白き春と、青き夜

亜夷舞モコ/えず

第0話.①

 東京にやって来て幾年か立つが、それでもふと寂しくなることがある。

 それはたまにやって来る、どこの店の何が食べたいとかいう食欲や、ふと憧れの人が今何をやっているのかが気になるというような恋に似ている。食欲と恋を並べるなんてと、何人かの方はそう思われるかもしれない。

 けれど、やはりそれは似ているんだ。


 食べたくなるのは、地元の店が多い。子どもの頃から通う行きつけの店。

 憧れの人も、最近よりはさらに前。初恋や思春期真っただ中の恋を思い出す。

 郷愁きょうしゅうというか、懐かしさみたいなものが唐突に心の中で膨らむ。記憶の中にしまいこんだ感情が、まるで風船のように、ふわりと記憶の表面に浮き出てくる。


 もう何年も帰っていない気がする。

 両親は、どうだろう。

 体など壊してないだろうか。

 それでも帰るに帰れない。

 今も久しぶりに舞い込んだ作家業に、バタバタとしている最中である。

 それにもう二月。

 帰るタイミングは、夏か――いや、また冬になるのかもしれない。

 仕事に追われながら、私は机の引き出しに散らばっていたSDカードの整理をしていた。

 忙しいはず……である。

 これは、試験勉強中に部屋を片付けるみたいなものだ。

 


 そこには、ある日の文章が眠っていた。

 私は少しだけ手直しをし、できる限りの人の名前を変更した。

 世に出すことも恥ずかしい、高校の頃の思い出。

 私がこっちに来る直前に書き上げたものだ。高校時代におきた事件を、忘れないように。

 そして、バカな私をいつでも顧みれるようにと。


 この話は、人が死ぬ物語だ。

 でも、ミステリではない。

 死の紐解く、冒険の物語ハードボイルドでもない。

 先生と教師の、淡い恋物語でもない。


 ただ人生の岐路に立ったときにふと思い出す、青春という思い出の幻燈である。

 多くの人間が甘いだけの青春時代を送れない様に、黒き冬のような春を送ることもあるだろう。そんなとき、アナタだけではないと言えるように、この物語を送る。

 私の高校時代は、何と言うか、夜のようだった。

 これは私の、青い夜の物語だ。

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