第4話「治癒魔法と『バッテリー残量』」
月光草の依頼を終えてから数日、俺はリリアと組んで、いくつかのEランク依頼をこなしていた。ゴブリン討伐、薬草採取、街道の整備手伝い。どれも【マップ】と【AR】アプリを使えば、何の危険もなく、効率的に完了できた。
リリアは、俺の「鑑定士らしからぬ」戦闘能力と的確なナビゲートに、最初は戸惑っていたものの、次第に全幅の信頼を寄せるようになっていた。彼女の治癒魔法は、俺が戦闘で負ったかすり傷や筋肉痛を癒してくれ、地味にありがたい。パーティとしてのバランスは、案外悪くないのかもしれない。
「タクミさん、今日の依頼はどうしますか?」
「そうだな……」
ギルドの掲示板を眺めていると、一つの依頼が目に留まった。
依頼内容:廃坑の調査とミスリル鉱石のサンプル採取
ランク:D
場所:ガラン鉱山跡地
報酬:金貨10枚
備考:内部で謎の地響きが報告されているため、2人以上のパーティ推奨。
Dランク。これまでの依頼より一つ上の難易度だ。そして、報酬も金貨10枚と破格。廃坑の調査というのも、俺のスマホの性能を試すのにうってつけだ。
「よし、これにしよう」
「えっ、Dランクですか!? わ、私にはまだ早いんじゃ……」
不安がるリリアを「大丈夫、俺に任せろ」と説得し、俺たちは依頼書を持ってクロエの元へ向かった。クロエは依頼書を見ると、少しだけ真剣な顔になった。
「ガラン鉱山か……。腕の立つパーティがいくつか向かったんだが、みんな大した成果もなく帰ってきててね。地響きだけじゃなく、魔物の気配も濃くなってるらしい。本当に大丈夫かい?」
「ええ、調査だけですから。危なくなったらすぐに引き返します」
俺の自信ありげな様子に、クロエは「まあ、あんたなら何とかするのかね」と、依頼を許可してくれた。
ガラン鉱山跡地は、街から半日ほど歩いた山中にあった。入り口は大きく口を開け、不気味な静寂に包まれている。
「行こう」
俺はスマホの【フラッシュライト】を起動し、暗い坑道の中へと足を踏み入れた。リリアが、お守りを握りしめながら後をついてくる。
坑道内部は、アリの巣のように複雑に入り組んでいた。【マップアプリ】がなければ、10分で遭難する自信がある。壁には低級なモンスターであるジャイアントバットが張り付いていたが、【AR】のナビ通りに石を投げつければ、簡単に追い払うことができた。
問題は、クロエが言っていた地響きだ。しばらく進むと、ゴゴゴゴ……という低い音が、地面から響いてきた。
「タクミさん、これ……」
「ああ。少し奥で何かがいるな」
俺はスマホの画面をタップし、【カメラ】アプリのズーム機能で坑道の奥を映す。暗闇の中でも、ナイトショットモードが鮮明に映像を捉えていた。そこに映っていたのは、巨大な岩のようなモンスター――アースゴーレムだった。体長は3メートル以上ある。
「まずいな……。あれはDランクで出てくる相手じゃない」
俺がそう呟いた瞬間、アースゴーレムがこちらに気づき、咆哮を上げた。そして、その巨大な腕を振り上げる。まずい、攻撃が来る!
「リリア、伏せろ!」
俺はリリアを突き飛ばし、自分も地面に伏せた。直後、轟音と共に巨大な岩の拳が、俺たちがさっきまでいた場所を粉砕した。
「くそっ!」
反撃しようにも、安物の剣では傷一つつけられないだろう。【AR】は弱点として胸のコアを示しているが、高すぎて届かない。
その時だった。
ゴゴゴゴゴッ!
再び地響きが起こり、今度は天井が崩れ始めた。アースゴーレムの攻撃で、脆くなっていた坑道が崩落を始めたのだ。
「きゃあっ!」
避けきれなかったリリアの足に、大きな岩が直撃した。彼女は苦痛の声を上げてその場にうずくまる。
「リリア!」
俺は彼女に駆け寄るが、足は見るも無残に折れ曲がっていた。治癒魔法を使おうにも、彼女自身が動けない。アースゴーレムは、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
絶体絶命。
俺はポケットのスマホを握りしめた。何か手はないか。【プログラミング】アプリで、強力な魔法を即席で作るか? いや、時間がない!
その時、ふと、あることを思いついた。
俺はリリアに叫んだ。
「リリア! 俺に治癒魔法をかけてくれ! 全力でだ!」
「え? でも、タクミさんは怪我を……」
「いいから早く! 俺の体に、お前の魔力をありったけ注ぎ込むんだ!」
リリアは戸惑いながらも、俺の真剣な表情に頷くと、折れた足の痛みで震える手で、俺に向かって祈りを捧げ始めた。
「主よ、癒しの光を……」
温かい光が、俺の体を包み込む。すると、俺のスマホの画面――俺にしか見えないその画面の右上隅で、信じられない現象が起きていた。
『100%』だったバッテリー残量が、ぐんぐんと上昇を始めたのだ。
『120%』『150%』『200%』……!
「そういうことか……!」
このスマホのバッテリーは、魔力で充電できるのだ。リリアの治癒魔法を、俺は電力に変換していた。
『300%』。
充電が止まった。これがおそらく、今の俺の許容量。
俺はアースゴーレムに向き直り、スマホを構えた。そして、【フラッシュライト】アプリを起動し、その出力を、指が画面にめり込むほど強くスワイプして最大まで引き上げた。
「これが俺の、全力の『聖光魔法』だッ!!」
次の瞬間、スマホから放たれたのは、もはや光ではなかった。
それは、太陽そのものだった。
坑道全体が白く染まり、アースゴーレムが断末魔の叫びを上げる。熱量を持った光の奔流が、その巨体を内側から焼き尽くしていく。
数秒後、光が収まった時、そこには巨大なゴーレムの姿はなく、ただ、パラパラと崩れ落ちる黒い灰だけが残っていた。
俺は、その場にへたり込んだ。スマホのバッテリー残量は『1%』を示していた。
絶体絶命の状況で掴んだ、俺だけのチートの、新たな可能性だった。
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