第2話「ギルドの鑑定士と『解析』アプリ」
路地裏のチンピラを撃退した俺、相沢拓海は、ひとまずこの世界の常識を知るために、街のメインストリートらしき場所へと歩き出した。活気はあるが、衛生観念は中世レベルといったところか。むき出しの肉を売る店、香辛料の鼻を突く匂い、そして、時折すれ違う、明らかにファンタジー世界の住人――耳の長いエルフや、屈強なドワーフの姿。
【翻訳】アプリのおかげで、彼らの会話から断片的な情報が流れ込んでくる。どうやらここは「冒険者ギルド」なるものが存在し、依頼をこなすことで日銭を稼げるらしい。まさにテンプレ通り。
「まずはギルド、か」
腹は減ったが、所持金はゼロ。いや、異世界通貨を持っていないのだからマイナスからのスタートだ。スマホというチートツールはあれど、それをどう金に換えるか。それが当面の問題だった。
ギルドの建物は、街の中でも一際大きく、荒くれ者たちが出入りしているのですぐに分かった。木の扉を開けると、酒と汗の匂いが混じった熱気が顔を撫でる。奥のカウンターで依頼の受付をしているようだ。
俺はカウンターにいる、気の強そうな獣耳の女性職員に声をかけた。
「あの、すみません。ギルドに登録したいんですが」
「あん? 新人かい。名前は?」
「タクミです」
「タクミね。で、スキルは? 剣は使えるのか、魔法は?」
来た。この世界で生きていくための最重要項目だ。俺は一瞬考え、そして答えた。
「鑑定と……少しだけ、光魔法が」
フラッシュライトを聖光魔法と勘違いしてくれたチンピラの言葉を、そっくりそのまま拝借した。鑑定士なら、戦闘せずとも稼げるかもしれない。
「鑑定ねぇ……。ま、いいさ。じゃあ、そこの水晶に手をかざしな。ギルドカードを作ってやる」
言われるがまま水晶に手をかざすと、淡い光と共に一枚の銅のプレートが出てきた。そこには「タクミ:鑑定士見習い」と刻まれている。どうやら正式に登録できたらしい。
「見習いってことは、当然、実績はないんだろ? ちょうどいい。あんたの実力を見せてもらう仕事があるよ」
そう言って彼女がカウンターの下から取り出したのは、赤黒い、不気味なオーラを放つ短剣だった。
「これは、近くのダンジョンから騎士団が持ち帰ったもんだがね。ギルド所属のベテラン鑑定士でも呪いの詳細が分からなくて、うちにお鉢が回ってきた厄介物さ。あんたがこれを鑑定できたら、見習いから『一級鑑定士』に格上げしてやるよ。報酬も弾む」
完全に、俺を試している。だが、これはチャンスだ。
「分かりました。やらせてください」
俺は短剣を受け取ると、カウンターから少し離れたテーブルについた。周囲の冒険者たちが「おい、新人だろ?」「無謀な」「あの呪具に触れたらおしまいだ」とヒソヒソ話しているのが【翻訳】アプリを通して聞こえてくる。
俺は深呼吸すると、スマホを取り出した。周囲に画面が見えないよう細心の注意を払いながら、起動したのは【カメラ】アプリ。そして、その短剣にピントを合わせた。
カシャッ。
シャッター音はしない設定にしてある。撮影した画像を、すかさず【画像解析】アプリで開く。すると、画面に凄まじい勢いでテキストが表示され始めた。
--- アイテム情報 ---
名称: 吸血のダガー(呪)
レア度: C+
状態: 呪汚染レベル3
効果: 攻撃対象の生命力を吸収し、自身の体力に変換する。
呪いの詳細: 所有者の生命力も同時に吸収し続ける。最終的に所有者はミイラ化して死亡。呪いは所有者が死ぬか、高位の解呪魔法、あるいは聖銀を用いた儀式によってのみ解除可能。
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「……なるほどな」
情報が出揃った。俺はスマホをポケットにしまい、カウンターに戻る。獣耳の受付嬢は、ニヤニヤしながら俺を見ていた。
「どうだい、新人。分かったかい?」
「ええ、だいたい」
俺はアプリが示した情報を、あたかも自分自身の力で見抜いたかのように語り始めた。
「これは『吸血のダガー』。敵の生命力を吸う便利な武器ですが、同時に持ち主の命も吸い続けます。放置すればミイラになるでしょう。呪いを解くには、高位の神官による解呪か……あるいは、聖なる銀を使った儀式が必要です」
俺がそこまで言うと、受付嬢の顔から笑みが消え、驚きの色に変わった。周囲で見ていた冒険者たちも、ざわめき始める。
「……なんで、そこまで分かるんだい? ベテランの鑑定士でさえ、持ち主の命を吸うことしか分からなかったんだぞ」
「俺の『眼』は、物の本質を見抜きますので」
適当にはったりをかます。SE時代に培った、知ったかぶりのスキルがこんなところで役立つとは。
「……あんた、何者だい?」
「ただの鑑定士ですよ」
俺がそう言って微笑むと、受付嬢はしばらく俺を睨みつけた後、ふっと息を吐いて笑った。
「面白い! 気に入ったよ! 約束通り、あんたを今日から一級鑑定士として登録する! 報酬の金貨20枚だ、持っていきな!」
ずしり、と重い金貨の入った袋を手渡される。これが、この世界で俺が初めて稼いだ金だった。
「それと、あたしの名前はクロエだ。何か困ったことがあったら言いな。あんたのその『眼』、ギルドにとって間違いなく宝になるからね」
こうして俺は、スマホのアプリ一つで、異世界に来たその日のうちに一級鑑定士の地位と、当面の生活資金を手に入れた。
カウンターを離れ、ギルドの掲示板に目をやる。薬草の採取、ゴブリンの討伐、迷子のペット探し。様々な依頼が並んでいる。
(マップアプリがあれば、薬草の場所なんてすぐ分かるな……。ARアプリを使えば、ゴブリンの弱点も表示されるかも)
可能性は無限大だ。
俺は金貨の重みを確かめながら、にやりと笑った。この世界、案外チョロいかもしれない。
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