魔力ゼロで追放された俺、実は神々も測定不能な【混沌魔力】の持ち主でした。今更戻ってこい? 遅いよ。ていうか、ヤンデレ気味な元婚約者の王女様が国境越えて追いかけてくるんですが!?
境界セン
第1話
「ユリウス! いつまで寝ている! 今日という日が何の日か、忘れたわけではあるまいな!」
けたたましいノックの音と、兄貴のヒステリックな声で俺の意識は覚醒した。薄目を開けると、埃がキラキラと舞う自室の天井が見える。ああ、そうか。今日、俺はこの家から追い出されるんだった。
「……起きてますよ、兄上。そんなにドアを破壊しないでください。修理代は僕の追放手当から引かれるんですから」
俺はベッドから身体を起こし、わざとらしく大きなあくびをしながら答えた。
ドアの向こうで、兄アルフォンス・フォン・アークライトが「ふんっ」と鼻を鳴らす音が聞こえる。プライドだけはエベレスト級に高い男だ。
俺の名前はユリウス・フォン・アークライト。この国でも指折りの名門、アークライト公爵家の三男だ。……いや、今日からは元三男、か。
前世では神代優(かみしろゆう)という名のしがない高校生だった俺は、猫を助けようとしてトラックに盛大にダイブ。次に目覚めたら、この剣と魔法の世界に転生していた。
公爵家の息子! イケメン! これで勝ち組スローライフはもらった! ……と、本気で思っていた時期が俺にもありました。
五歳の時に行われた魔力測定の儀。
兄二人が膨大な魔力量を計測し、将来を嘱望される中、俺が水晶玉に触れてもそれはうんともすんとも言わなかった。
結果、「魔力ゼロ」。
魔法貴族の世界において、それは存在価値ゼロを意味する。
その日から、俺への扱いは露骨に変わった。両親からはいない者として扱われ、使用人たちからは憐れみと侮蔑の視線を向けられる日々。そして十歳になった今日、ついに俺は辺境の地に追放されることになったのだ。
「いいか、ユリウス。お前はもはやアークライト家の人間ではない。我らの慈悲で、わずかばかりの金と辺境の小さな土地を与えてやる。そこで平民として、誰の目にも触れず、ひっそりと死んでいけ。それがお前にできる、我が家への最後の貢献だ」
ガチャリ、と鍵もかけずに部屋に入ってきた兄アルフォンスは、仁王立ちで俺を見下ろしながら言い放った。朝日がやけにキラキラした彼の金髪を照らして、その顔だけは無駄に神々しいのが腹立たしい。
「はいはい。ありがたき幸せ。兄上のありがたいお言葉、胸に刻んでおきます。その慈悲とやらでいただいた土地で、静かに家庭菜園でもして暮らしますよ」
俺はへらへらと笑って見せた。
(うるせえな、このブラコン拗らせたエリート様は。お前のその完璧超人な長兄へのコンプレックス、俺に八つ当たりしてんじゃねえよ)
そう、この兄貴、完璧な長兄に強烈なコンプレックスを抱いており、唯一自分より下だと思える俺をいじめることで、かろうじて精神の安定を保っているのだ。哀れな男である。
「そのふざけた態度も今日で見納めかと思うと清々するな。……荷物はまとめたのか? 馬車はもうすぐ着くぞ」
「ええ、とっくに。ご覧の通り、持っていくものなんてほとんどありませんから」
俺は部屋の隅に置かれた、みすぼらしい布袋を指さした。中身は着替え数枚と、なけなしの金貨数枚だけ。十年も住んだとは思えないほど、がらんとした部屋だ。
「ふん。まあいい。さっさと準備して玄関に来い。父上と母上は、お前の顔など見たくもないそうだ。見送りは私だけがしてやる。光栄に思え」
そう言ってアルフォンスは、勝ち誇ったような笑みを浮かべて部屋を出て行った。
(うわー、恩着せがましい。別に頼んでねえし。ていうか、見送りにお前だけが来るって、それもうただの嫌がらせじゃねえか)
俺は心の中で盛大にツッコミを入れながら、最後の身支度を始めた。
正直なところ、追放されることに悲しみはない。むしろ、せいせいする。
なぜなら、俺は知っているからだ。俺の魔力は「ゼロ」なんかじゃない。
五歳のあの日、測定の水晶玉に触れた瞬間、俺の脳内に直接声が響いたのだ。
《――告。当個体の魔力は規格外。測定限界を超えています。属性:混沌。これ以上の解析は不可能。エラー、エラー……》
そう、神々の作った測定器ですら測れない、規格外の魔力。それが俺の持つ【混沌魔力】の正体だった。
この十年間、俺は誰にもバレないように、こっそりとこの力の使い方を研究してきた。その結果、今では呪文詠唱なしで大抵の魔法は使えるし、なんならちょっとした奇跡だって起こせる。
だから、追放はむしろ好都合。面倒な貴族社会のしがらみから解放され、手に入れた最強の力で自由気ままなスローライフを送る。完璧な計画だ。
俺は布袋を肩に担ぎ、部屋を出た。
長い廊下を歩き、大階段を下りる。使用人たちは遠巻きに俺を見ているだけで、誰一人として声をかけてはこない。冷たいもんだ。
そして、巨大な玄関ホールにたどり着いた時、そこにいたのは忌々しい兄のアルフォンス……だけではなかった。
「――ユリウス様」
鈴を転がすような、しかしどこか芯の通った声。
そこに立っていたのは、陽光を浴びて輝くプラチナブロンドの髪、宝石のアメジストを埋め込んだかのような紫色の瞳を持つ、絶世の美少女だった。
この国の第一王女にして、俺の元婚約者、リリアンナ・ローゼンベルクその人だった。
「……リリアンナ、殿下。なぜ、こちらに?」
俺は驚きを隠せずに尋ねた。
彼女との婚約は、俺の魔力がゼロだと判明した五年前、とっくの昔に破棄されている。それ以来、一度も顔を合わせていなかったはずだ。
「まあ、ユリウス様。わたくしたちの仲ではありませんか。殿下などと、他人行儀ですわ」
リリアンナはくすりと可憐に微笑む。完璧な作法でスカートの裾を持ち、優雅に一礼する姿は、まるで絵画のようだ。
「本日、ユリウス様が旅立たれると伺いまして。最後にお顔を一目見てお見送りしたかったのです」
「そ、そうですか。ご丁寧にどうも……」
なんだ、この悪寒は。背筋を冷たい何かが這い上がってくるような感覚。
リリアンナは一歩、また一歩と俺に近づいてくる。ふわりと甘い花の香りがした。
「ユリウス様が……この国からいなくなってしまうなんて、わたくし、寂しくて夜も眠れませんわ。ああ、この胸にぽっかりと空いた穴は、どうすれば埋まるのかしら……」
うっとりとした表情で、彼女は自分の胸に手を当てる。その仕草はひどく艶めかしいのに、俺の警報アラームは最大音量で鳴り響いていた。
ヤバい。こいつはヤバい。俺の魂がそう叫んでいる。
「リ、リリアンナ殿下! ユリウスはもはやただの平民! 気安く話しかけないでいただきたい!」
兄のアルフォンスが、慌てて俺とリリアンナの間に割って入った。その顔は嫉妬と焦りで醜く歪んでいる。そういえばこいつもリリアンナに気があるんだったな。
しかし、リリアンナはそんなアルフォンスなどまるで視界に入っていないかのように、その紫色の瞳でじっと俺だけを見つめていた。
「ユリウス様」
彼女は俺のすぐそばまで来ると、そっと手を伸ばし、俺の頬に触れた。ひんやりとした指先の感触に、俺の心臓がドクンと跳ねる。
「また、すぐに、お会いできますわ。ええ、必ず。だって、わたくしたち……」
――運命の糸で、固く固く結ばれているのですから。
そう囁いた彼女の瞳は、もはや狂気と呼ぶべき熱を帯びていた。
その瞳に映る俺の顔が、恐怖で引きつっているのが分かった。
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