第16話

 恋をすると世界は輝いて見えるらしい。

 それなら、今世界がセピア色に見えている和彦は、何を感じているというのだろうか。


「なあ、トモ。付き合うって、どういうことなんだろうな」

「おっ、和彦が色気づいたか。だけど話題と顔が合ってないぞ。それはむしろ色恋に疲れた奴がする顔なんじゃないのか?」


 間違ってはいない。

 和彦は色恋に疲れていると言えば疲れていた。むしろ憑かれていると言ってもいい。どうやら高嶺の花は、毒蜜を蓄えた食虫植物であるだけではなく、寄生植物でもあったらしいのだ。

 和彦はヤドリギのように自分を締め付けてくる麗花を想像し、とてもしっくりときてゲンナリとした。


 彼女ことは好きーーなのだと思う。好きか嫌いかで言えば好きな方に天秤は傾くだろう。

 だが、付き合って嬉しいかと言われれれば、高嶺の花と付き合えたのは良かったが、それ以上に身の危険が勝っていた。


 あの後、和彦は麗花とひとまず付き合うことになった。

 和彦が躊躇っていれば、


『セキニンとってくれないのかしら?』

『じゃあ、キスもしたのに付き合ってくれないって、お義母さんに言うわ』

『ついでに下着姿も写真に撮られたってーー』 


『付き合わさせていただきますぅ!』


 和彦には重たい彼女が出来た。

 その後、麗花は戻ってきた和彦の母親に、自分たちが付き合っていることを告げ、外堀を全力で埋めにかかってきた。

 いったい何処からそれだけの土砂を持ってきたのかという速さであった。

 これでキスもしたなどと言われれば、コンクリートで固めてきたに等しかろう。


 ーーヤバイヤバイヤバイ。もう逃げられる想像が出来ない……。


 あの時、屋上で催眠にかかったフリをしてしまったばっかりに……。

 いや、もしも催眠術にかかったフリをしなくとも、このような状況になっていた気もしている……。

 あの女はそういう女である。


約束された墓場までの一本道ウェディングロード


 道を外れることは許されない。


 ーーふふ、トモ、結婚式には是非来てくれよな……。


 と和彦は遠い目で思うのだが、それはむしろ乗り気なのではなかろうか。

 和彦は流されてこうなってしまい、そして、自分が実は嫌がっていないことに気がついてはいないのだ。


 と、例の如く教室がざわめいた。


「おっ、お出ましだ」


 トモの声に視線を向ければ、まるで花の咲くような足取りで麗花が入ってくるのが見えた。

 腰まで届く艶々とした黒髪が揺れ、凛とした顔立ちに切れ長の瞳。ピンと一本すじが入ったように姿勢が良く、本当に絵になる美少女だ。


 そんな彼女と付き合えていることを誇れば良いのか、彼女が実は高嶺の花に擬態した食虫植物で毒蜜をたっぷりと蓄え、尚且つ寄生植物であることを知っていることを残念に思えば良いのか。

 情緒をぶっ壊されている和彦はもうどんな顔をすれば良いのか分からない。


「高嶺さんと付き合える男はどんな男なんだろうな」


 ーーこんな男だよ!


 と、トモの呟きに返すことなど出来る筈がない。

 和彦は彼女と付き合ったーー付き合わされた?ーーというのに、やはり周辺視で眺めるにとどめていておいた。


 ーーやっぱり、こうやって眺めていると綺麗だよな……。


 夜目遠目傘の内。高嶺の花は高嶺の花だったから良かったのだろう。近くで見れば食虫植物で寄生植物……。


 ーーえ?


 と、和彦の視界の中で、高嶺の花がぐんぐんと近づいてくるのが見えた。その所作の一手一手が美しい。だが。


 ーーえ、え? ちょっ、ちょっ、おまぁっ⁉︎


「ん? 高嶺さんこっち来てないか? てかお前を見てないか?」

「ははは、そんなことあるわけないだろ……」

「かず君、おはよう」

「…………」

「あら、私がおはようと言っているのが聞こえないのかしら、かず君。……押し倒すわよ」

「おはよう高嶺さ……「れーちゃん」……おはよう、れーちゃん」

「よろしい」


 そのやり取りに教室がどよめいた。


「おいおいおいおい、かず君にれーちゃんだとぉ? 死んだな、嫉妬で俺が」

「……ふぅ、購買で果物ナイフって売ってたっけ?」

「待て、まずは二人の関係を聞くのが先だ。葬儀場の予約をするのはその後だ」


 ーーヤバイヤバイヤバイ、恐れていたことが起こっている。それでトモはそそくさと離れていくんじゃねぇよ! 俺たちの友情もここまでだなぁ!


 和彦は白目を剥きながらぷるぷるとしていた。

 そんな彼に構わず、麗香は和彦の膝の上に座り、しなだれかかってきた。


 女子の黄色い声と、男子の殺意が膨れ上がる。


「れーちゃん、これはどういうことだ?」

「私たちの関係を見せつけようと思って」

「隠しておこうって言わなかったっけ?」

「私は了承していないわ。で、バレたからには一緒に登校しても良いでしょう?」

「ーーーー」


 そういう事か、この女。


 彼女は外堀を埋める系の女子だった。しかし、この場合は外堀を埋めるどころか、本丸まで土石流に飲み込まれている気もしなくもないのだが。


「言ったでしょう、かず君。私はあなたを離さないって。あなたが私のものだって、周りに見せつけておかないと」

「ーーーー」


 和彦の平和な学生生活は、ここでご臨終になられた。

 そのまま麗香は、和彦にマーキングするように頬を擦り付けてくる。


『うわぁ……』


 クラスメイトたちは思い思いの声を上げる。

 和彦に向けられた視線は、まさしく針の筵であるのだった。

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