高嶺の花の幼馴染が、何故か俺に催眠アプリを使ってくるんだが?
ルピナス・ルーナーガイスト
第1話
幼馴染に幻想は抱かない。
斉木和彦は常々自分にそう言い聞かせていた。
和彦は高校二年生。中肉中背で顔立ちは可もなく不可もなく。
成績は中の上。テキトウにやってそれなのではなく、自分なりに頑張って上位には届かない。運動神経もそこそこ。取り立てて良いわけでも悪いわけでもなく、良くて持て囃されることも、悪くて疎まれることもない。
むろん髪は染めることもなく黒髪で、制服も着崩したりはしていない。ピアスもなし。
友人は決して多くはないが、いないわけではない。
良くも悪くも平凡な少年であり、この昨今において絵に描いたような平凡はむしろ非凡であるも知れなかったが、やはり平凡と云う言葉が彼には相応しい。
だが、その平凡で突出するとこのない彼ではあったが、実は一点、非凡な点があった。
「おっ、来たぞ、高嶺さんだ」
「ひゅーっ、相変わらず美人だなーっ」
色めく男子たちの視線の先では、一人の女子生徒が教室に入ってきた。
彼女がいるだけで、シャンと花が咲き誇るような気すらした。
男子だけではなく女子も目を奪われる。
高嶺麗花。
腰まで届く黒髪は艶やかに、一本スジが入っているかのように姿勢が良い。
切れ長の瞳は艶っぽく、見られただけで背筋がぞくりとしてしまう。彼女は高校二年生の時点で、すでに怜悧な美人だと言えた。
それだけではなく、歳不相応な胸威の持ち主で、それでいて腰は細く、制服のスカートを持ち上げる尻周りも大きく膨らんでいる。
容姿もプロポーションもバツグンであり、それでいて成績は学年一位、運動神経も良く、才色兼備、文武両道と、二物どころか天はいったい彼女にいくつ与えたのだろうかと、和彦はいつだって疑問に思っていた。
椅子に座った姿勢も良い。
そんな彼女を、勝るとも劣らぬ美少女たちが取り巻いた。
彼女たちレベルでなくては、まさしく高嶺の花と言うべき麗花とはお近づきになれぬだろう。
クラスの中心である陽キャカースト一軍でも難しい。
彼女たちは彼らとはノリが違うのだ。
だから高嶺の花として一目を置かれても、彼女は陽キャカースト一軍の軍団には所属してはいなかった。カースト番外位、エクストラ軍団とでも言おうか。
陽キャ一軍の男子たちはどうにかして彼女たちにお近づきになれないかと画策し、女子たちは妬ましく思っていた。だが、以前に何かあったのか、妬ましく思えども今は手を出すようなことはせず、畏怖すら抱いているらしい。そして男子たちは玉砕記録を更新中。
そんなカースト番外位の彼女たちを、和彦は見ていることがバレないように、周辺視でボンヤリと眺めていた。
ーー高嶺さん。昔は俺に引っ付いてばかりいたのにな。
彼の非凡な点とは、麗花と幼馴染であるということであった。
残念ながら陰で隠れて付き合っているというようなことはない。
そして幼馴染というのは、単に幼稚園や小学校が同じだったというオチではなく、共に遊び、一緒にお風呂にも入ったことがあるという、ライン越えの幼馴染であるということだ。なんなら、事故でキスをしてしまったことすらあった。
尤も、中学に入った頃から彼女はメキメキとその美しさを開花させ、それに気後れした和彦が徐々に距離を取り、今では話すことも目を合わせることもないくらいに疎遠になってはいるのだが。
それでも腐れ縁とでも言うべきか、中学から高校の今に至るまで、彼女とはクラスが離れたことはなかった。
しかし、だからと言って離れた距離が近づいたこともない。
ーーまあ、これが当然の距離だよな。
そう思って和彦は一つ息を吐く。
たとえば、実は彼女が和彦のことを想っていて、昔のような間柄に戻りたいと思っている。
たとえば、実は彼女が和彦のことを想っていて、昔以上の、彼氏彼女の関係になりたいと思っている。
そんなことある筈がない。
確かに昔は仲良く遊び、麗花も自分に懐いてくれていた。
だが、過去は過去であり、今は今である。
高嶺の花になった彼女と、カースト最下位ではないが、テキトウな所でボンヤリとしている今の自分ーーむしろカースト最下位よりもモブらしいモブだろう。
二人が釣り合うことはなく、接点があったとしてもそれは過去の話。
彼女のような高嶺の花が彼女になってくれればどれだけ良いだろうとは思うが、そんな幻想は思うだけ悲しいものである。
そう思うということは、和彦は麗花のことが好きなのかと訊かれるかも知れないが、正直好きかどうかはもはや分からなかった。
彼女を彼女に出来れば自慢にはなるが、恋焦がれているという感覚ではないのである。
憧れはしているが、恋とは違うと思う。
だからと言って、好きな時があったか、と言われればそれも疑問に思う。
彼女と遊ぶ日々は楽しかったが、それが恋愛感情かと言われれば首を傾げざるを得ない。当時は恋愛感情を抱くような年ではなかったし、もしも抱いていればむしろ一緒にお風呂になんて入れやしなかっただろう。
だから彼女が彼女であればどれだけ良いだろうかと思うが、わざわざ『俺たち幼馴染だったよね!』などとか細い糸を手繰り寄せるようにして接点を持とうとは思わないし、むしろそれは悪手以外の何物でもないだろう。
ただただ気持ち悪がられるだけに違いない。
高嶺の花である彼女は、こうして周辺視で気づかれないように眺めているくらいでちょうど良い。
これは、彼女をふと目で追ってしまう彼がいつの間にか身につけた、癖のようなものであった。
こうして自分は当たり障りのない日々を送っていくのだろう。
健康な高校生男児として彼女を作ることに興味はあるから、いつか好きな人ができて彼女にできたら良い。それが麗花のような女性であったら尚更良い。
そう思う、斉木和彦のいつもの朝の時間であった。
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