第5話<ギャル、暴走する。>
ここ数日、僕の生活リズムはおかしい。
朝、教室に入った瞬間に始まる。
「はよ、陽翔〜♡」
るなは僕の席にいる。いや、いない日がない。
彼女が笑ってる、それだけでクラスの視線が突き刺さる。
黒板消し、教科書、筆箱——僕が使う物の半分くらいは、すでにるなの手の届く範囲に用意されている。
そして昼休み。
「今日も屋上、行くよね?」
当然のように僕の腕をつかんで引っ張っていく。
そこでは、半分手作りの弁当と、甘すぎるジュースが待っていた。
「はい、あーん」
「……自分で食べる」
「陽翔って、ほんとシャイで可愛い〜」
僕の口にねじこもうとする唐揚げ。だが食べざるを得ない。味はうまい。悔しい。
それだけじゃない。
放課後には図書室に付き合わされ、
LINEは一日20通以上来るし、
「今なにしてるの?」というDMが寝落ち寸前まで届く。
いや、嬉しくないわけじゃない。ないんだけど——
(このままじゃ、俺、絶対目立つ……!)
人間って、目立たなければ生きられると思ってた。
でも今の俺は“ギャルに追われる陰キャ”として、校内で妙に有名になり始めていた。
そんなある日。
「……陽翔、あのさ……」
いつも元気なるなが、放課後の図書室で声をひそめてきた。
「変な噂、流れてるっぽいんだよね」
「噂?」
「『陽翔が、るなを振った』って」
思考が止まった。
「いや、待って。そんなこと言ってないし……」
「知ってる。でも、広まってる」
るなの指が震えている。唇も少しだけ噛んでいた。
「誰がそんなこと……」
「たぶん……ね。隣のクラスの、健人くんだと思う」
健人。明るくて、運動もできて、女子人気もある男。
……そういえば、るなが以前「告白されたことあるけど断った」と言ってた相手だ。
その名前を聞いて、無性に腹が立った。
「俺、話してくる」
「だめ」
るなは僕の手を握った。細くて、でも芯のある手。
「ケンカとか、してほしくない。……でも」
ぐっと力を込めた。
「本当のことは、私、ちゃんと伝えたい」
⸻
翌日、朝の教室。
僕は机に座っている健人のところへ向かった。
「少し、いい?」
周囲がざわついた。
健人はニヤリと笑って立ち上がった。
「お、るなちゃんの彼氏? 何?」
「君が言いふらしてるって噂、本当か?」
「さぁ? どうだろうな」
「事実じゃないよね。俺は、るなを振ってなんかない」
「でもさ、あの子、言い寄ってきたのは事実だろ? 派手な格好して、男に媚び売って。そういう子なんじゃないの?」
教室が凍りついた。
でも、それより先に動いたのは、るなだった。
「——健人くん、それは違う」
るなが入ってきた。表情は笑っていなかった。
「私は、自分の気持ちに正直でいたいだけ。それを『媚び』とか言うの、違うよ」
彼女の声は震えてなかった。
堂々としていた。
健人は鼻で笑って、何も言わずに教室を出ていった。
⸻
その後、騒ぎは収まり、噂も自然と消えていった。
僕は、るなに言った。
「ありがとう、来てくれて」
「……こちらこそ、嬉しかった。陽翔が立ち向かってくれて」
目が潤んでいた。
僕の中で、何かが決まった瞬間だった。
「俺、ちゃんと……るなのこと、見てみたいって思った」
彼女は目を大きく見開いて、でもゆっくりと、笑った。
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