第11話 魔王の血と運命

 私の身体には、まだ父の残した灼熱の魔力が残っていた。


 それは、内側から燃え上がるような衝動だった。指先が震える。心臓が早鐘のように打ち続ける。赤い魔力は、皮膚の下を脈動しながら、意識の境界をじわじわと侵していく。


 轟々と血が沸き立つ音がする。骨の髄まで熱が突き抜け、思考が焼け落ちていく。ただ――壊したい。焼き尽くしたい。その衝動だけが、喉元までせり上がってきた。


 まるで、父の魔力そのものが私という器を乗っ取り、世界に爪を立てようとしているかのようだった。


 「……やめて……っ」


 その声は、私自身のものとは思えないほどかすれていた。目の奥が焼けるように熱く、視界は赤く染まる。

 身体から迸る赤い魔力に宿っていたのは、父――いや、“魔王アドラメレク”の、人間に対する凄まじい憎悪。そしてその奥底に、重く沈殿するような深い、深い悲しみだった。



 「……サクラ、大丈夫か?」


 背後から響いたユウトの声が、私の心の中に光を差し込んだ。


 燃える炎に冷たい水をかけるように、その声は、熱に浮かされた私の中へ染み込んでいく。


 振り返ると、彼は心配そうに眉を寄せていた。


 その顔を見た途端、張りつめていた何かがほどけていった。


 ――私は、まだここにいる。


 私は、魔王じゃない。私は、サクラだ――。


 そう、はっきりと思えた。



 けれどその時、ユウトの瞳の奥に、かすかな違和感が走った。恐れでも、拒絶でもない。もっと曖昧で、揺れる影のような“ざわめき”がそこにあった。



 一瞬、心の奥底に黒い波が押し寄せてくる。



 それを察したのか、ユウトはそっと手を伸ばし、私の肩に触れた。


 その瞬間だった。


 ――ごぅん、と空気が軋むような音がした。


『――魔王は、血によって継がれる。だが、ひ弱な人間にはそうはいかぬ』


 空気の奥底から、低く響いた父の声。


『勇者の力は、“人から人へ”、運命として継承されるのだ』


 ユウトの身体が、ぴくりと震えた。


 彼の顔が、苦痛に歪んでいく。まるで、内側から何か異質なものが芽吹こうとしているように。


 「ユウト……?」


 私は、ぞっとした。


 先ほどまで私の中で暴れていた魔力の奔流に、彼まで巻き込まれてしまったのでは――そう思った。


 しかし、そうではない。


 彼の内に、まったく別の“力”が目覚めかけている気がする。


 ユウトの背に、青白い光がふわりと揺らめく。それは、私の赤い魔力とはまったく異なる、けれど同じように抗いがたい力



 私は、思わず息を呑んだ。


 お願い、どうか――ユウトだけは。



 どうか――


 ――私から、奪わないで。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る