間話1 ようやく見つけた
その日、空が裂けた。
どれほど灰に覆われた世界でも、あの一瞬だけは確かに、“青”が存在した。
この大陸の空は、いつも厚い雲に覆われ、陽の光など一度たりとも届かない。
街は煤け、空気は淀み、泥と悪臭が石畳の隙間を埋め、人々は目を伏せてただ命令に従う。
奴隷と呼ばれる者たちはなおさら――番号で呼ばれ、殴られないことだけど祈って生きていた。
僕——“番号七二”も、そうだった。
生まれたときから鉄格子石の床しか知らず、ただ労働力として使われてきた。
ただ一つ、違っていたのは――神が、深い黒だったこと。
異質なその色は、忌み嫌われ、腐った野菜の処理や獣の死骸の片づけ、排泄物の清掃といった、誰もやりたがらない底辺の仕事ばかりを押しつけられた。
いつしか自分の姿を見ることも酒、ただ日々をやり過ごすだけになった。
しかし、ほんの数日前、桶の水にふと映った自分の顔を見たとき——なぜか、目が離せなかった。
「なぜ、自分だけが、違うのか」
その問いが、小さく、だが確かに胸の奥でくすぶり始めた。
ある朝、街が異様な静けさに包まれた。
空が音もなく避け、透き通るような青が現れたのだ。
澄んだ、深海のような青。
生まれてこの方、誰も見たことのなかった“本来の空の色”が、雲の隙間からわずかに顔を覗かせた。
その瞬間——
「……やっと、見つけた」
声が、聞こえた。耳ではなく、心の奥深くに。
優しく、温かく、けれど、抗いようのない確信を伴って。
だが、次の瞬間、雲が閉じ、日常が戻った。
その日、納屋の奥で、“番号一〇九”が、鞭打たれていた。
弟のように可愛がっていた子だ。
「やめろ!!」
衝動的に叫び、僕は鞭の下に飛び込んだ。
結果は明白だった。怒声が響き、身体に痛みが走る。
殴られ、蹴られ、血を吐き、気を失った。
——気づけば、冷たい石の牢の中にいた。
その夜……再び風が、吹いた。
牢の高窓から、小さな隙間を縫うように、一筋の風が差し込んだ。
そして、信じられないことに——空が、再び裂けた。
ほんの一瞬、空が戻ってきたのだ。
まるで、それが彼を呼ぶ“合図”であるかのように。
そこには、満点の星空があった。
そのときだった。
「……こっち」
鉄格子の向こうに、影が現れた。
少女だった。十六か、それよりも若く見えた。
透き通る白い肌、夜明けの空のような亜麻色の髪。
目が合った瞬間、彼女の翡翠色の瞳が貫いた。
彼女の胸元には、三日月を砕いたような銀のペンダントが光っていた。
青白く、静かに、けれど確かに輝いていた。
まるで、それが——この世界を裂く“鍵”であるかのように。
少女は微笑んだ。
優しく、どこか寂しげに。
「あなたを迎えに来たの」
まるで、それが最初から決まっていた運命だとでもいうように。
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