第9話 プロポーズの夜、やっと“女”に戻れた私
夜景が見えるホテルの最上階にあるレストラン。
ちょっと背伸びをしたような、静かで洗練された空間。
案内されて席に着くと、すでに繁和さんが待っていてくれた。
私も、雰囲気に合わせてドレスを選んだ。
落ち着いた色味で、胸元が少しだけ開いた、大人っぽい一着。
繁和さんも、いつもよりきちんとした装い。
ネクタイはしていなかったけど、さりげないお洒落がやっぱり似合っていて、思わず見とれてしまう。
ワインを注文し、ゆっくりとコース料理を楽しむ。
会話もはずむけれど、心のどこかで、私はずっと待っていた。
(まだなの? ……まだなの……?)
期待している自分がいるのに、
どこかで「そんなうまくいくはずない」と
ブレーキをかけようとしている自分もいる。
こんな展開、ドラマみたいすぎて怖い。
でも、心はもう止められなかった。
はやる気持ちを抑えきれずにいた、そのとき。
「俺と……夫婦になってくれませんか」
繁和さんの真剣な眼差しと、その言葉。
心の中で、私は叫んでいた。
(うそ、うそ……ほんとに? うれしい……!)
けれど、表情は崩さず、落ち着いた声で答える。
「私でよければ……一緒になってください」
そのあとは、何を話したか、よく覚えていない。
気がついたときには、ふたりはホテルの一室にいた。
***
ベッドの上、彼の胸に頬を寄せながら、私はただ静かに目を閉じていた。
唇がふれ合った瞬間、心の奥に張っていた糸が、ふっとほどけた気がした。
彼の手が私の背中をなぞり、ドレスのジッパーを静かに下ろしていく。
長い間、触れられることのなかった私の肌が、
彼の指先ひとつで目を覚ましていくようだった。
最初はくすぐったいほど敏感に反応し、
次第にぬくもりが沁み込むように馴染んでいく。
それは、ただの行為ではなくて、
ずっと欲しかった安心を、
言葉ではなく肌で確かめるような時間だった。
互いに言葉はほとんど交わさなかった。
けれど、指先の動き、息づかい、まなざしの熱――
それだけで、充分だった。
ゆっくりと肌と肌が重なり、
ぬくもりを確かめるように抱き合う。
まるで、長い間しまっていた扉が、
ようやく静かに開いていくような感覚。
誰かと心も身体も一つになることが、
こんなにもあたたかく、
やさしいものだったなんて。
もう恋なんて、と思っていた。
誰かと愛し合うことなんて、もうないと思っていた。
でも――私は今、確かにこの人とひとつになっていた。
やっと、私は“女”に戻れた気がした。
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