復讐屋と彫刻刀使い

 少年は一呼吸置いて言った。


「ま、ここまで来ると———一種のサーカスだよね」


 振り返ってみせる顔には珍しく呆れが滲んでいた。それでも面白がっているからそんな言い方をするのだ。リーベもなんだか馬鹿馬鹿しくなってしまって息をつく。

 埃に染めたてられた廃工場だった。月明かりが割れたガラスの間を縫って、そこらに散らかる死体たちの無惨を照らし出す。この施設に約80。ほかに派遣された同業者が扱うのも、調査の上では約80。仕事を持って行ったときに「大事件になるよ」と嘆息していた青年の言葉を思い出し、けれどこんなに死んでも世間には知らされないのだということをなんともいえない気持ちで改める。このグループはそれ自体が身内で、探す者もない。丁寧に丁寧に情報は塞がれ、この廃墟はまた、埃を被るだけだ。

 仕事はとっくの昔に終わっていた。けれど、依頼人の丁寧な仕事は彼女たちにも及び、また別の殺し屋が片付けにやってきたのだ。ついさっきそれも撃退した。ひらりと月夜に消えた最後の一人を尻目に、雨止あやみが靴に入った小石を出している。リーベも仕事道具を片付けることにした。血に汚れて、それ以前の問題ではあったけど。


「あれ来てたよね、姉妹の……」

「影隠し」

「そうそれ! 俺初めて影のほう見ちゃった」

「四日も来てましたよ」

「うっそぉ、逆によく生き残れたね?」

「何人か負けてます」


 死体の山に視線を遣る。勿体ない、と呟くと乾いた笑い声が転がった。「リーベのそういうとこ、怖いよねぇ」「そうですか?」荷物を肩にかける。陽の昇らないうちに服を処分しなければならないので、足早に現場を立ち去りたい。


トキたち元気かな」


 まるで離れ離れになった幼馴染の話をするような軽さにまたしょうのない気持ちがする。もう一つの施設を任された面子は、思い返すぶんには心配はいらないだろう。むしろ彼らを片付ける役目を負った同業者に同情する。

 ガラスの破片を踏みながら、すこしの沈黙を置いて雨止がまた喋り出した。「なんか、のせられたのかな俺たち」リーベは考える。ここに自分たちが据えられたのは何故か。雨止も鴇も、そしてリーベも、客観的に見てかなり筋の立つ仕事人だった。不都合なグループを消してから、手に負えない危険を排しておきたかったのだろうか。失敗したときの報復を考えればそちらのほうが余程リスクがありそうなものだけれど。ちらと、いつのまにか先を行っている少年の伸びする肩を見る。彼のこぼした言葉は不安によるものではなく、おそらく矜持に関わるものだ。そういう、ことだ。触らぬ神に祟りなしという言葉もある。


「私はしばらく様子をみます」

「俺もかなー。名だたる殺し屋が減ったわけだし、仕事も忙しくなるよきっと」

「……最近多いですね」

「うちのジイどもといい、ね。あ、でもこれは鴇の仕業か」

「それも依頼では?」


 ざり、とスニーカーが音を立てて動かなくなった。

 彫刻、と通り名のつく彼のいちばん恐ろしい瞬間とは静である。ひたひたと水面を歩くような殺意が、彼の美しい肢体の線を伝って、波紋をうつように、ゆらりと。それが彼の得物の軌道を描き、作品の完結するように相手を死に至らしめるのだ。


「……なるほどね。調べといてよ」

「お断りします。ご自分でされるでしょう」


 笑みをこぼしてステップを踏むようにまた歩み始める。今夜のサーカスで彼の真価は披露されなかったことを、特に口惜しくは思わないにしても、そう、折角の稀有な機会であったことを思えば呟いてしまうのだった。

 勿体ない、と。

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