in Magallanica
外並由歌
見届け人 - from Sen to Rada
死刑執行人
この国は未だ死刑という刑を執行している数少ない国の一つだ。
執行場所は少し広めのコロシアムにも見える場所で、かつて公開処刑が行われていたらしく、中央に処刑台が設置されている。
死刑の場合の処刑方法は絞め首、つまり首吊り。一番残酷でない死に方として、別の国でもよく使われる方法だ。
死刑執行人は、黒髪長髪の無表情な男らしい。
少し前に法が改正されて、死刑に出来る罪状に幅が出来たため、最近ではほぼ毎週、酷いときには毎日処刑が行われていた。
「おーい、片付けますよ」
死刑後の死体処理と言っても、大人一人であるために派遣されるのは二十人のうち二人。ほぼ交代制になっていて、今日はたまたま同期の代企と一緒だった。
声を掛けられた男——ここの、死刑執行人は、見上げていた首をぐるりとこちらへ向けた。代企と、有機納とも視線を交わすとそれが返事であったかのように、すっとその場を離れた。
代企が処刑台に飛び乗って、首を吊っているロープを下ろす。有機納は下へ回り、その体をゆっくりと地面に寝かせた。
「
死体を下ろしながら代企が言った言葉に、なんとなく分かっていながらも「なにが」と返す。
彼は台から降り、用意していた担架を持ってこちらへ来た。
死刑囚は死んだ後、引き取り手がいなければ共同墓地に埋められることになる。けれど、死刑囚だろうがなんだろうが、運ぶときは皆同じように仰向けにして両手を組ませて運ぶ決まりになっている。
「そのうちあいつ、こっち側になるんじゃねえ?」
代企が乱雑に担架を地面に置きながらそう言った。「こっち側」の意味するものは、有機納の足元の死体だろう。
「……」
「板引いた後、死んでく様をずっと見てんだからさ。殺すのに目覚めてたりして」
「…そういうことは、言っちゃ駄目だと思う」
「皆言ってるぜ? 呼ぶまで人が入って来ても気付かないみてえだし」
死刑執行人である側久の仕事は、簡単に言えば首にロープを掛けられた死刑囚の、足元の板を引き抜くことだ。
けれどそれが終わると、彼は苦しみ喘ぐ犯罪者を眺め続けるらしい。
有機納も、正直なところ彼に危な気なところを感じないでもなかった。あの何も見ていないような瞳で、もしかしたらこの後誰かの首を絞めに行くのかもしれない、なんて思ったこともある。
「俺達も気をつけないと、後ろから縄掛けられたりしてな」
冗談を言うときと同じ笑い方で代企が言うから、軽蔑していると分かるように「やめてよ」と言っておいた。
翌日、有機納は再び処刑所へ来ていた。
掃除を依頼されたとかで、ここ連日働き通しだった有機納が請負人として派遣されたのだ。仕事には変わりないが、死体処理班としては休みということになるので、そういう点では気が楽だ。仕事には変わりないが。
大して時間がかかるものでもないので有機納は昼から入ったのだが、予想外にも中には人がいた。
——側久、だった。
思わずどきりとしてしまう。彼は死刑を行った後と同じように、処刑台を眺めていた。
少し迷って、有機納は声を掛ける。
「今日は、処刑、ありませんよ」
昨日とあまり変わらない動作で、側久はこちらに視線を遣った。やはり何も見ていないような眼。彼が執行人であると知らなくても、背筋に冷たいものが走る、そんな眼。
側久は次に、自分の足元に視線を落とすと「わかっている」と抑揚なく言った。側久の声を聞いたのは、これが初めてかもしれない。
立ち去る様子は無かった。気にせず掃除を始めてしまおうか、とも考えたが、気にならないわけがないので有機納も動かなかった。
気が付くと彼はまた処刑台を見ている。
「…、処刑するとき、いつも何を考えているんですか」
好奇心が口からその言葉を引き出してしまった。言葉にしてから、この質問はまずかった気がして体が強張る。
昨日の代企の言葉が一瞬頭を過った。心臓がどくどくと鳴る。
側久はじっとこちらを見つめていた。けれど答えるつもりはないようで、口はしっかり結ばれている。
「…あの、ごめんなさい、なんでもないです」
「……」
有機納がそう言ったことで、交わされていた視線は外れた。
何も言わずに側久は帰っていった。その顔は無表情。怒らせたかどうかも分からないほど。
(………、)
気をつけないと、後ろから縄掛けられたりしてな。
もう一度代企の言葉が頭の中で繰り返された。
さらにその翌日。有機納はまた処刑所にいた。
天候は雨。元から予定されていた休日であったので、午前のおわりのほうまで眠っていた。
雨が降ると死刑執行日は翌日にずらす。死刑囚が、視界の悪さを利用して脱走する可能性があるからだ。
だから彼はいないだろう。
——とは、思えなかった。
所謂虫の知らせというやつで、有機納はここに来なければいけないような気がして、何かに追い立てられるように支度をし、走ってきた。
渡されている合鍵で門の錠を外し、中に飛び込むとそこにはやはり側久がいた。
しかし、いつもと立っている位置が違ったのだ。
「なっ…に、してるんですか!」
側久は処刑台の上に立っていて、今丁度ロープの輪に自分の首を突っ込むところだった。
声を張り上げてそこまで走っていくと、いつもどおりの視線が有機納に向けられた。彼は、仕事着だった。
「……」
「なんで…」
上手く言葉が出ず、疑問詞を繰り返した形になる。側久は側久で、じっくりと今の状況を把握しているかのように喋らず、視線も固まったままだった。
沈黙が落ちて激しい雨音が辺りを包む。時間帯は昨日と同じ昼のはずだが、随分暗かった。
側久はロープに手を掛けたままだ。
「——止めるな」
「…え……」
「私はもう、ずっとこの仕事をしてきた」
低く強めの声が雨音を掻き分けてこちらへ言葉を届ける。おそらく彼は、普段はもっと落ち着いた声で話すのだろうと思った。
「初めから、私は随分落ち着いて処刑を執行していた」
「……」
「だが、最近は麻痺してきたように思う。……このまま生きていたら、人を殺すことが娯楽に感じるようになる気がする」
「——…」
そのとき初めて、その無表情な瞳を哀れだと感じた。
彼は、もしかしたらずっと何も感じない生活を送っていたのかもしれないと思ったのだ。
言葉で言い表せない感情が心を巣くって、たとえばそれは人として幸せな感動は彼に少しも無いのか、手がかりなど何も無いくせに探るような。
けれどふと顔を上げたとき、側久はもうその輪に首を通していた。このまま放っておけば、板の抜かれた穴に足を入れてしまうのだと分かった瞬間、無責任にも引き止める言葉がでるのだ。
「やめて!」
制止の言葉に返事はなかった。
ただ、もう一度こちらを見た彼が、
「見ていてくれないか」
そう言った。
「え、」
「…処刑するとき何を考えているのか、と聞いたな」
側久が自分の首の後ろで輪を絞った。手馴れた動作で、しかし慣れていないはずの行動を躊躇うことなく行っていく。いつものように、犯罪者を処刑するように。
「死刑囚になったような連中は、真実有罪であれ無実であれ身の回りに人はいなくなる。もしくは初めから、心を通わすような人間がいない。私は昔死刑囚の監視をしていたから、この仕事をする前から処刑する瞬間は見てきた。執行人は板を引き抜くと縁起の悪いのを避けるように死刑囚を視界にも入れず
彼らしい、淡々とした口調が音を綴った。しかしそれは、優しすぎる男の像を形取っていった。
無表情に死体を見つめていた彼を記憶から探すと、みたことなど無いはずなのに涙を流している姿が浮かんだ。そこで有機納は自分が泣いていることに気付いた。
私は何にないているんだろう。——彼に?
「荒んだ人生を生きてきたなら、最後くらい人の温かみを、知っていて欲しかった。」
だから私は見ていたんだ、と。
彼は言った。
(それは、)
そして彼は、足を投げ出した。
(それは、あなたこそ、そうじゃないの?)
側久はもがかず重力に従って揺れて、そのまま死んだ。
その姿を有機納はずっと見ていた。
彼の、人の愛し方に倣って。
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