俺の部屋にだけ時間が止まるらしく、美少女たちが勝手に来るんだが

赤いシャボン玉

第1話

「――おかしい。時計、止まってる?」


 スマホの画面に表示された“00:00”の数字は、まるで世界が永遠に深夜を繰り返しているかのように動かない。

 俺はベッドの上で起き上がり、テレビの時計、壁掛け時計、PCのデジタル時計……すべての表示が“00:00”で止まっていることに気づいた。


 しかも外を見ても、誰一人動いていない。隣のアパートの灯りすら消えて、世界が寝静まっているのではなく、“止まっている”という感覚。


 俺の名前は神城湊かみしろみなと

 この春、高校2年になったばかり。地味で目立たない存在として、学校でも家でも平凡な日々を送っている。

 ……だったはずなのに。


「またかよ……」


 この現象が起こるのは、もう3日目だ。

 夜0時ちょうどを境に、俺の部屋だけ時間が止まる――そんな嘘みたいな現象が。


 一度眠って起きると、時間は普通に流れていて、朝には世界が戻っている。

 でもこの“止まった時間”の中で、俺だけは自由に動ける。最初はホラーかと思って震えたが、3日目ともなると慣れてしまうあたり、自分が怖い。


「まぁ、時間止まってるって言っても、やることないしな……」


 俺は棚からインスタントラーメンを取り出し、湯を沸かそうとした――が、


「……お湯、出ない」


 そうだ。水も電気もガスも、外から来るものは全て止まっている。

 だから俺の部屋のPCはバッテリー駆動で動くけど、ネット回線は切れてるし、スマホも圏外。

 俺は、完全に“この部屋という空間”に閉じ込められているのだ。


 そして――その夜、さらに“異常なこと”が起こる。


「……え?」


 玄関のドアが、勝手に開いた。


 ガチャリ、と静かに鳴った音に、心臓が跳ねる。

 誰も動いていないはずの時間帯に、勝手に開くはずがない。俺は急いでリビングから玄関に走り、ドアの向こうを確認する。


 そこには――


「……あんたの部屋、変なのが起きてるでしょ」


 隣に住んでいるクラスメイト、一ノ瀬紗夜いちのせさよが、無表情で立っていた。


 ◆


「……いや、え? え? なんで?」


「うるさい。落ち着いて。あたしだって訳分かんないけど、目が覚めたら体が勝手に動いて、ここに来てた。気づいたら、この部屋に入ってた」


「え、じゃあ無意識……?」


「無意識で玄関開けられる人間がどこにいるのよ。……それより」


 彼女は俺の部屋を見回し、溜息をついた。


「やっぱり、この部屋だけ“動いてる”」


「……紗夜も、わかってるんだ?」


「まぁ、昨日も一昨日も、夢遊病みたいにここに来てたしね」


「マジかよ!」


 俺は頭を抱えた。つまりこの部屋の“時間停止空間”に紗夜が入れるってことは、俺と同じ現象に巻き込まれている可能性が高い。


「ていうか……それ、教えてくれてよかったのに」


「別に仲良くもない男子に“夜な夜な部屋に入ってる”なんて、言えるわけないでしょ」


「……ごもっともで」


 そうだ、紗夜は元々、口数が少なくてクールなタイプ。クラスでも男子にはあまり近づかないし、俺ともまともに話したことなんてほとんどなかった。

 けれど今、この空間でだけは、やけに饒舌だ。


「時間が止まった空間って、正直不気味だけど……同時に、安心できるんだよね。誰にも見られてないから」


「……そりゃ、まぁ」


 紗夜はふっと目を伏せる。

 その表情が、少しだけ“寂しさ”を含んでいるように見えた。


「ここ……落ち着く」


「え?」


「しばらくいても、いい?」


「……ま、まぁ、いいけど……」


 それが“最初の来訪者”だった。

 俺の部屋が、“誰かにとっての居場所”になることなんて、今まで一度もなかったのに。


 そして――次の日。


「なんで私の生徒会室じゃなくて、こんな男子の部屋に!?」


「お、お嬢……様?」


 制服のまま俺の部屋に突っ立っていたのは、生徒会長にして「完璧お嬢様」の綾小路理央あやのこうじりおだった。


「ここ、動いてる……世界、止まってるのに……」


「う、うん……そうなんだよ……」


 俺の部屋には、またしても“誰か”がやって来た。


 時間が止まる、この部屋に――美少女たちが、なぜか吸い寄せられてくる。


 この現象は、きっとラッキーなんかじゃない。

“何か”が、始まろうとしている。


 そして俺は、知らなかった。


 この部屋が、彼女たちの「本音」があふれる場所になっていくことを――

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