day6.重ねる

 最初に浮かんだのは、「菅野さんにしては、うまくないな」だった。


 小学校の塾で一緒だった彼女とは、あるきっかけで知り合ってから五年になる。中学は違ったけど、彼女は高校からこの進学校に編入してきた。

 先ほど朝のホームルームを終えて、今は担任を待っている。この進学校では、クラスは入試の成績順に分けられる。その結果、僕と彼女は同じクラスになった。

 菅野さんは成績もいいけど顔もいい。通りすがる生徒がチラチラ振り返る程度には。だからトラブルに巻き込まれることも少なくなくて、そのせいで彼女はすごく人当たりが良い。揉めごとを避けて、うまくやり過ごすのが上手だ。


 ……そんな彼女が、入学してまだ二、三日目の今日、クラスメイトをうまくあしらえていないのは意外だった。


「江里くん、部活決めた?」

「……いえ、部活はたぶん入らないかな。ごめん、ちょっと」


 声をかけるのは僕らしくもないけど、憧れの人の愛弟子が、らしくなく、あの人以外の前でうまく振る舞えていないのは気になる。……きっと、あの人ならそうする。

 僕は席を立ち、菅野さんのもとへ向かう。

 菅野さんに話しかけていた男子に睨まれたので、軽く微笑んで返した。


「菅野さん、藤乃さんに連絡はいる?」

「し、しないで……っ!」


 菅野さんが勢いよく立ち上がり、椅子が後ろの机にぶつかった。大きな音が響き、教室が静まり返った。


「……ごめんなさい」


 菅野さんは真っ青な顔で座り直す。


「何があったかは聞きませんけど、藤乃さんにも言えないことですか?」

「言えない。藤乃くん、今頑張ってるから。邪魔したくない」

「藤乃さんが、菅野さんを邪魔だと思うことなんてないと思うけど」

「だからじゃん」

「なら、うまくやんなよ」

「……うん、ありがと」

「菅野さん、高校で彼氏作る気ある?」

「え? ……今はないかな」

「そう。僕もだ」


 調子を取り戻したらしい菅野さんがニヤッと強気に笑った。


「女避けくらいなら、してあげるよ」

「奇遇ですね。僕も男除けくらいなら、付き合ってあげます」


 藤乃さんを介さなければうまくやれない僕らの距離感は、たぶんこれくらいがちょうどいい。

 僕は、あの人のように、かっこよくやれているだろうか。それを、目の前の女の子に聞く気にはなれなかった。

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