day4.口ずさむ

 妹の声がして辺りを見渡すと、温室で花を見ながらタブレットを操作しているのが見えた。

 ……どうやら鼻歌が排気管みたいに漏れてたらしい。藤乃に会ってから、妹はかなり明るくなった。

 もともと暗いやつじゃなかったけど、背中を丸めがちで、引っ込み思案で、おとなしかった。

 女にしては背が高くて、それで嫌な思いもたくさんしてきた。親父にベッタリな伯母たちが、陰で嫌味を言ってるのも知ってる。昔、一度口を出したら、かえって花音が余計に嫌味を言われて、俺はそれきり何もできなくなった。

 納屋に向かう途中でスマホが震えた。


「……もしもし?」

『瑞希くん、久しぶり! 今度、遊ばない?』

 電話の向こうの声は高校の時の知り合いだ。

「や、今忙しいから無理」

『あ、もしかして彼女いる?いいよ、気にしなくて』

「いや?  俺、今まで彼女いたことないし」

『……え? あたしは……?』


 何も言わなくなったから電話を切る。

 ……俺は、今まで彼女なんて一度もいなかった。相手がどう思ってたかは、知らないけど。

 納屋に入って、手に持ったままのスマホを操作する。

 アドレス帳の一番下の名前をタップすると、すぐに出た。


『なに?』

「藤乃、あとで飯行こう。肉な」

『三丁目の焼き肉は?』

「そこで。終わったら行く」


 藤乃との会話はそれで終わり。

 会ったって大した話はしない。たぶん妹の惚気話を延々聞かされるだけだ。でも、俺のことをわかったふうに語らない藤乃は、嫌いじゃない

 さっきの電話のこともきっと、


「自業自得だろ」


 なんて言って、すぐに別の話を始めるだろう。ああ、でも、「花音ちゃん連れてきてよ」とは言われるかな。



 ……実際は言われなかった。

 ウーロン茶を飲みながら様子を見ても、いつも通りに肉を焼いている。


「花音いなくてよかった?」

「いたら嬉しいけどさ。でも、瑞希が話したいのかと思ったから。なんかムカつくことでもあった?」

「察しがよすぎて、可愛げがねえな」


 つい憎まれ口を叩いたら、藤乃はニヤッと笑った。


「それくらい、わかるよ。俺、由紀兄妹のこと大好きだから」

「そうかよ」


 らしくもなく嬉しかったから、大きい肉を藤乃の皿に乗せてやった。

 店のスピーカーから懐かしい曲が流れてきて、つい口ずさむくらいには嬉しかった。

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