神隠しと鬼の姫

紫音

第一章 神隠し

プロローグ


「姫様、お気を悪くされましたか?」

「……そうですね。私はあまり好みません」


 溜息を吐きながら渡り廊下を歩いていると、ふと足を止めた。そこから見える景色。桃色の花びらが舞い落ちる中で遊んでいるのは、額に角を生やした幼子たち。その手は鋭く尖った爪。口元には小さいけれど尖った牙が二つ見えている。その特徴はここに住む鬼たちが持つものだ。

 そう、ここは鬼たちが住む鬼の國。かつては数千もの鬼たちが住み、栄華を誇っていたがそれも今は数百と数を減らしてしまっていた。その理由は単純に生まれる鬼の子たちが少ないというだけでなく、國の外に増えてきている妙な妖も原因の一つだった。

 鬼も妖の枠組みの中にある存在だ。だが鬼でもなく、古来より存在している妖でもないものたち。それがここ数百年規模で増え続けている。原因を探ろうとたくさんの鬼たちが國の外に出て行ってしまったが、彼らは戻ってこなかった。だから今では外に出ること自体が禁忌とされている。時折侵入してくるそれらを対処しつつ、今あるものを守り続けるしかない。そのために血を繋げなければならなかった。この國を収める者として。


菖蒲あやめ様」


 名を呼ばれて、菖蒲は振り返った。足元よりも長い黒髪に紫水晶の瞳に白い肌。幾つもの布を重ね合わせたような衣服を纏い、その足どころか手も辛うじて爪先が見えるくらいだ。布をこれほど重ねて纏うのは位が高い証でもある。菖蒲はこの鬼の國において、姫と呼ばれる最も高い身分を持っていた。


「桂、どうかしたのですか?」

「菖蒲様ももう齢は二十歳を超えました。いつまでも好まないからと誰もかれもを忌避していては、いずれ我ら鬼はその力も衰え、いずれ絶えてしまいます」


 鬼が持つ力。妖力。鬼はその身に宿す妖力が最も高いと言われている妖だ。それでもその中の強き者たちも、その力を失いつつあった。鬼の弱体化が外にも影響を与えているのではという者さえいる始末だ。いずれは侵入者たちを排除する力さえ失われてしまい、鬼という一族さえも絶えてしまうことを畏れている。だからこそ姫たる菖蒲には強い力を持つ伴侶を得て、子孫を繋ぐことが求められている。それ自体は菖蒲にも異論はない。異論はないのだが……。


「わかっています。ですが、それでもあの者は私は嫌なのです」


 先ほどまで菖蒲はとある男と会っていた。鬼の中でもそれなりの力を持つ一族の出であり、能力も高い。菖蒲に対しても好意的で、如何に自分が菖蒲を大切にするか、自分ならばこれだけのことをしてやれるという売り込みもしてきていた。顔だちも悪くなく、菖蒲付きの女たちも目を輝かせている者たちもいたほどだ。美醜でいえば、美しい鬼であるのは間違いない。それでも菖蒲は首を縦に振らなかった。


「どれだけその身が整っていようと、その心は力に現れます。それが私にはどうしても受け入れられません」

「あの者が邪な心を抱いていると感じられたのですか?」

「はい」


 相手の心を読んでいるわけではない。ただ感じ取る。相手が抱く感情の善悪を。姫として一族を率いるためにある力だ。


「そうですか。それならば致し方ありません」

「ごめんなさい、桂。貴女たちには苦労をかけてしまいますね」

「構いません。ですが菖蒲様、一族の中ではもうお目に敵うようなものはいないのかもしれません」

「そうですね」


 鬼は妖の一つ。他にも妖はいる。ここは鬼の國だが、鬼以外の妖が住んでいないわけではない。似たような姿形をとる妖は沢山いる。それでも、力の差異が大きければ伴侶として迎えることなどできはしないけれども。


「それでも私は、己の心を偽ることだけはできません。たとえそれが、一族にとってよくないことだとしても」

「菖蒲様がそうおっしゃるのであればそれが正しいのでしょう。菖蒲様は、姫様なのですから。それでも、我々は祈ります。きっとその相手が現れるということを」

「えぇ」



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