第1話-4 国語とシャーペンとアイデンティティと

そんなこんなで、三時間目。今度は国語だ。


ユークリッドの記憶が戻った後も、普通に日本語が使えてる訳だから、ここはあまり問題ないだろう。


私、国語は比較的得意だし。


思えば、ユーク(もう面倒くさいから略す)も口が達者だったなぁ。


旅立ちの時、国王を丸め込もうとしてたもんね。結局、エレーリアに逆に丸め込まれたけど。


遠藤センセの声を聴きながら、余裕すら感じていたその時。


「……ーい、おーい……」


ん? 誰か話しかけてきてる?


横を盗み見ると宮下くんはアンニュイな表情で黒板を眺めている。でもいつもよりボーッとしているような、珍しい。


反対も確認するけど、こっちを見てさえいない。

それに、この声やたら嗄れてる。若人の教室に似合わないくらいに。


じゃ、どこから?


「ここじゃ、ここじゃよ」


私の指がピタリと止まる。……手元から声?

視線を下げた、その時。

シャーペンが、震えている。


「お主、わしを呼んだな」


「は??」

「さっき呪文を書いたろう、このペンで」


……いや、今書いてたのは、

『光子が食べたおにぎりは、いつもよりしょっぱかったのは、何故か』までだけど。そんなセリフ書いてないでしょ! てか誰光子!


「何寝ぼけたことを。わしじゃよ、わし」


シャーペンがえっへん、と胸を張る。胸はどこだ。

突如、頭に『アイス・ブレイク』をかけられたような衝撃を受けた。


「て、テーレ?」

「うむ、ユークリッドよ、呆けたか?」


おっさん――テーレがフォフォフォ、と笑った。

地の大精霊、テーレなんて誰が呼ぶか、国語の時間に。どうせなら知の精霊ケーレが来てくれればいいのに……。


女神、まーた、気まぐれに記憶を戻しやがって……。どうせなら最初からマックスで戻せ。


「お、お主の隣、なかなかの可愛い子ちゃんじゃのう」

「最近、そういうのコンプラ的にうるさいからやめといた方がいいよ」

「む、お主までわしを老害扱いするか!?」


“まで”ってことは、他にもやらかしてるのかな。


「……繋がってんの、世界?」

「はぁ? 何寝ぼけたことを言っとる」


並行世界じゃなくて、並行会話。頭の中が交差点みたいだ。


「あ、さっきお主が言ってたことじゃが」

失礼な、口には出してない。


「そんな訳なかろう。かつての記憶があったからと言って今世の文字がわからないなんてこと」


「え」


「きちんと鍛錬しておけば、例えかの世の文字に見えたとしても、本質を見誤ることなど」

シャーペンが大きく震える。


「純粋にお主の努力不足ですな」


「……」

……おっと、右手が疼く……。


「それも気のせいじゃの」

………………。


折ってやろうか、このシャーペン。手にぎゅ、と力がこもる。

返せ、私の涙、もとい心の汗。


「……のう、ユークリッド。こちらの世界には戻れんのか?」

「え? なんかあったの?」


私の声にテーレが口をモゾモゾさせる、口ないけど。シャーペンの芯が出てくるところが滑り悪い。


「いや、魔王はおらんのだが、その……な」


なになに、歯切れ悪いなぁ。


「なんか、大厄災の封印があってのう」


「はぁ!?」

私は思わず大声を出す。


「どうしたー?」

遠藤センセが訝しげに眉をひそめる。


「な、なんでもありまっせん!」

ははは……と愛想笑い。なんか引っかかってそうだけど、私なんか構ってる暇、ないもんね。


「なにそれ?」

魔王亡き後、もう世界を荒らすものもいないな―、なんて思ってたら、初出ですよ、そのパワーワード。


「ああ、魔王城解体中に見つかったんじゃよ」

……それなんて続編フラグ?


「封印が解けると一夜にして世界が滅びるとか、魔王よりも強大な何かが復活するとか、いろいろ言われておる。まあ、別に今すぐナニって訳じゃないがの」


じゃあ、別の勇者探せよ! 私だって血筋選出じゃなかったじゃん! 両親雇われ人だったもん!


「その……わしらも探しておるんじゃが、候補が赤ちゃんでな」

まあ、確かにまだ私死んで、そんな経ってないし……。


「勇者がこっちに存在しなければ、わしらの負担が……。温泉いけないんじゃ」


「至極どうでもいいよ」

「よくはないぞ?」

大きなため息をつく。あのクソ女神、どうでもいい情報ばかり流して。


こめかみを人差し指で軽く叩いた。噛みしめるようにシャーペンに言い聞かせる。


「いや、あのね? 私はもうこっちの世界で楽しく生きてるわけ」

小さく息を吸って、はっきりと言った(小声で)。


「私はもう、ユークリッドじゃなくて、油井璃富。こっちの世界で、宿題に泣いて、恋にあたふたする……中二女子、なんだってば」


「お主が言うなら……仕方ないのぉ」

シャーペンは細かく震えながら、黙り込んだ。


「じゃがのう……女神がお主の記憶を戻したのも何からお考えがあってのことでは?」

「いや……あの人の事だからおちょくってるだけでしょ」

「……残念ながらその可能性も否定できんの」


テーレと私は窓の外を見つめた。女神のニヤニヤ顔がよく晴れた空にチラチラ浮かび上がってくる。


「まあ、わしは諦めんがの、温泉」

そっちか。


「と言っても、こっちの生活が担保されるなら少しは考えてもいいよ」


そう言うとシャーペンがぴょんぴょん跳ね始めた。

「わ! 痛い! 芯が刺さる!」


「ああ、すまん。慣れなくての」

シャーペンの身体に慣れることって一生ないと思うよ。


「女神となんかいい方法、相談しとくの。じゃの〜」

それきり、シャーペンは沈黙した。


……ちょっと寂しいかも。


「呼んだか?」


「わっ!」

思わず大声。みんなの視線が痛い……。


「いて、いてて、脚がつったなぁ〜」

大根も爆笑の棒読み加減。先生もクラスメイトも、苦笑い。すぐに授業に戻る。


「このペンとは道が通じたから、芯が残っているうちは来れるぞい。こまめに取り替えて置くんじゃぞ」

また来るの、と言い残し、今度こそシャーペンはもとに戻った。


やっと授業に集中できる。


そう、私は油井璃富。この地球で生きる、一般ピーポー。

もう勇者じゃ、ない。

出来ることしか、やりません。


一人頷いていると、


ガタッ。


突然、隣の席から物音がした。


「……久方の目覚めだ」


……ん? 宮下くん?


「矮小なる人類よ、呑気に過ごしおって」


宮下くんの目に暗い光が宿っている。イケメンが台無し。


「我は煉獄より蘇りし、黄昏の魔王なり……」


……目の前が暗くなる。瞼の裏に半笑いの女神の顔が浮かび上がってきた。涙すらにじんでる。

私の口元も片方だけ、歪んだ。


頭の中で、何かがパリ、と割れる音がした。


「……舞台は整った。さあ、第二幕の始まりじゃ」


ーーー

第一話、終了です!

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