クソビッチと聖結界(アイリスSS)


 この国はクソビッチが残した聖結界で魔獣が出ないと思われているけど、あの頃だって魔獣なんて出現していなかった。魔魚はいるけど魔獣はいない。だから私たちは魔魚も狂暴な魚としか思っていなかった。魔法を使う魚もそういう魚なのだと思っていただけだ。

 それをあの女は普通の家畜や動物を狂暴化させて、魔獣がいると国民を脅した。魔法を使い続けることで瘴気が溜まり、魔獣が現れるのだと。

 だから聖結界を作ってこの島を守ると宣言し、魔道具を作って結界を作った。

 その魔道具の設計図を考えたのはアダームと魔法使いのエルフだったらしいんだけどね。そして実際に作らされたのは私だったけどね。


 アダームとエルフはその結界魔道具を作ることで、使用した周辺に迷惑がかかることを懸念して断念したみたい。一定数が出現する場所で一部を守ればその周辺に漏れ出たモノが溢れることになるからと。

 だけどクソビッチは「この国は島国なんだから誰にも迷惑をかけないわ」と言い切り、魔力操作が下手で魔道具がつくれない彼女の代りに私がそれを作ることになった。その期間は拷問が無かったから頑張っただけとも言えるけど……。


 魔獣が出ないのは元々だけど、魔鳥に関してはそれなりに被害があったから、それの被害が無くなったというのであれば聖結界は成功しているのかもしれない。

 ああそうか、魔鳥を倒すには攻撃魔法が必須だったんだけど、魔鳥が来ないならば必要ない。聖女は攻撃魔法が野蛮だと言って使わせないようにしていたから、それで聖結界が必要だったのか……。


 まあ私はこれから結界のない場所に行くわけだけど。

 あのクソビッチの子孫が治める国にいるなんて御免だし、回復魔法が使えた私は聖属性持ちという事だ。となれば教会に囲われることとなり、そうなれば二度とこの国から出ることは出来ないだろう。




 2日かけて港町に到着した。

 この町自体はあの頃と変わっていない気がする。町の人の声を聞けばニチェという町で名前もそのままだった。ただ、この町を治める貴族の名前に聞き覚えは無く、やはりあのクソビッチのせいで両親は断罪されてしまったのだと理解した。


 昼日中の移動は出来ない為、暗がりで小さく丸まって仮眠を取り、太陽が完全に落ちてから行動を起こした。

 晴れた日にはウルダ国の先端が見えるほどの距離。

 今夜は良い感じに雨が降っており、外を出歩く人もいない。

 嵐でもない今夜、外を眺める人もいないだろう。

 人が居なくなった港の先端を歩き、この雨の中でも薄っすら対岸が見える場所まで移動する。


「ここならいけそうだね。水の盾よ【ウォーターシールド】」


 念のために足場となるように水の盾を3つほど見える範囲に作る。横向きにした盾は足場となることは実験済みだ。流石にこの水の盾を敷き詰めてあの大陸まで行くのは強度の問題もあって無理だと思うけど、小さな盾なら強度はそれなりに保つことが出来たからいけると思う。


「あとは自分の体を浮き上がらせるのと追い風のダブルだね。

ふぅ~、大丈夫大丈夫、肥溜めの穴は余裕で飛び越えれたし、穴3つ分は行けた。この幅なら穴3つ分の三倍くらいだし、行ける、大丈夫。【ウインド】」


 自分に言い聞かせながら、何度も繰り返し練習してきた風魔法を自分の背後と足元にかける。体を持ち上げるようにする風を多めに、背後から押し出す風も同時にあてることでふわりと浮いた身体は海の上に飛び出した。もうこれで後には引けない。

 ポーンと浮いた身体は真直ぐ海の上に走り出し、一つ目の水の盾に片足で着地し、そのままつま先で蹴りだせば再びポーンと前に進む。

 ひとつを越えれば気持ちが楽になった。ふたつ目を蹴りだしたところで大陸までの間を埋めるように、さらに水の盾を作り出す。

 そうして15の足場を駆け抜けたところで大陸に到着した。


「はぁ、はぁ、はぁ。安定した地面、何という安心感」


 思わずその場で地面に突っ伏してしまった。やはり海の上を飛んで走るというのは緊張していたのだろう。今頃になって心臓がバクバクとしているのが分かる。

 固い土の感触がこんなに安心するなんて、ヒトは地に足を付けていないと生きていけないんだなと改めて思った次第。


 落ち着いてきたところで海を振り返る。

 靄の向こうに島が見える。


 あぁ、あの島から逃げることが出来たんだ。これで私はもう自由。今世は誰にも縛られない、大切なものが出来たとしたら必ず自分の手で守ってみせる。


 見せかけの善意なんかには騙されない、世紀の嘘つきがいたんだもの。

 何が「生まれついての悪い人なんていない」だ。生まれた時に悪いやつじゃなくても、クソビッチになる奴はいるって事だ。

 ハナシアイさえせずに手を出してくる奴はいる、ハナシアイをさせないために大切な人を殺す奴はいる。

 甘い、優しい、ヒトを信じたいって思ってた『わたくし』はあの世界で死んだ。

 アイリスは平民だし、そんな高尚な考えを持つ気はない。

 私はワタシ、クソビッチみたいな奴に会わないように、会っても戦えるように力を付けないと!

  

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