10秒妖怪草紙 ―150文字で心を喰らう都市怪異譚―

ソコニ

第1話『送り提灯』



第1章:遭遇


1. 『送り提灯』灯がついてくる


夜道を歩いていると、後ろからぽつりと灯りがついてくる。振り返っても誰もいない。ただ宙に浮かぶ提灯だけ。歩けば近づき、止まれば止まる。走っても同じ距離を保ったまま。家に着いても、窓の外でゆらゆらと揺れている。カーテンを閉めても、灯りの影だけが壁に映り続けた。


2. 『送り提灯』振り向けない


今夜もまた提灯が後ろにいる。でも決して振り向いてはいけない気がする。首筋に熱い息のようなものを感じる。いや、提灯に息などあるはずがない。それでも振り向きたくなる衝動と戦いながら歩く。角を曲がった瞬間、目の前に提灯。振り向かなくても、もう目の前にいた。


3. 『送り提灯』雨の夜だけ


提灯は雨の夜にだけ現れる。なぜかは分からない。傘に当たる雨音に混じって、ぽたぽたと別の水音が聞こえる。提灯から何かが垂れているのか。傘を差し出してみたが、提灯は傘を避けて浮かんでいる。濡れたくないのか、濡れることができないのか。今夜も雨は止まない。


4. 『送り提灯』二つになった


いつもの提灯の隣に、もう一つ灯りが増えた。双子のように並んで浮かんでいる。一つでも気味が悪いのに、二つは耐え難い。片方が前に、片方が後ろに回り込む。挟まれて歩く。時々、二つの提灯がくすくすと笑い合っているような音がする。明日は三つになるのだろうか。


5. 『送り提灯』足音のない提灯


提灯には足がないから当然だが、足音がしないのが余計に不気味だ。私の足音だけが響く夜道。でも確かについてきている。地面から30センチほど浮いて、すーっと滑るように移動する。時々、提灯の下に薄い影のようなものが見える。それは足なのか、それとも別の何かなのか。


6. 『送り提灯』橋の向こうで待つ


今夜は提灯が追ってこない。ほっとして歩いていると、橋の向こうにぽつんと灯りが見えた。待ち伏せていたのだ。橋を渡らないと家に帰れない。提灯はじっと待っている。意を決して歩き始めると、提灯がゆらりと近づいてくる。橋の真ん中ですれ違った。生温い風が頬を撫でた。


7. 『送り提灯』提灯の中の影


提灯の中に何か黒い影が蠢いているのに気づいた。炎ではない。もっとどろりとした、生き物のような何か。目を凝らすと、影は人の顔のような形になったり、手のような形になったりする。見ているとこちらも影に気づいたようで、提灯の中でぐるぐると激しく回り始めた。


8. 『送り提灯』朝まで


提灯は普通、夜明けとともに消える。でも今朝は違った。もう空が白み始めているのに、まだ玄関先に浮かんでいる。近所の人が通りかかっても、誰も提灯には気づかない。私にしか見えていないのか。太陽が昇っても提灯は消えない。一日中、私の後をついてきた。


9. 『送り提灯』知らない道



提灯に導かれるまま歩いていたら、見覚えのない路地に入り込んでいた。引き返そうとすると、提灯が前に回り込んで進路を塞ぐ。仕方なく奥へ進む。細い路地は更に細くなり、両側の壁が迫ってくる。提灯だけが頼りの明かり。やっと抜けた先は、なぜか自宅の裏庭だった。


10. 『送り提灯』玄関の灯


家に帰ると、玄関の明かりと並んで提灯が浮かんでいた。まるで元からそこにあったかのように自然に。鍵を開けて中に入ろうとすると、提灯もするりと家の中へ。慌てて追い出そうとしたが、もう提灯は廊下の奥へ消えていった。今夜から、提灯も住人の一人になった。




第2章:執着


11. 『送り提灯』毎晩来る


提灯はもう生活の一部になった。夕食時には食卓の上に浮かび、入浴中は脱衣所で待ち、寝る時は枕元でゆらゆらと揺れる。追い出しても窓から入ってくる。諦めた。共存するしかない。でも慣れたわけではない。ただ、抵抗することに疲れただけだ。


12. 『送り提灯』提灯の匂い


提灯から変な匂いがし始めた。古い油と魚の腐ったような、それでいて甘い匂い。窓を開けても消えない。芳香剤も効かない。鼻が慣れてきたのか、最近は食事の味も分からなくなってきた。提灯の匂いが全てを侵食していく。私の体からも同じ匂いがし始めた。


13. 『送り提灯』夢にも


夢の中にまで提灯が現れるようになった。どんな夢でも、必ず片隅に提灯が浮かんでいる。楽しい夢も提灯のせいで悪夢になる。目が覚めても、現実に提灯がいる。もはや逃げ場所はない。夢と現実の区別がつかなくなってきた。いや、どちらも提灯の世界なのかもしれない。


14. 『送り提灯』他の人には見えない


友人を家に呼んだ。提灯のことを相談したかった。でも友人には見えないらしい。私が指差す方向を不思議そうに見つめるだけ。写真を撮っても写らない。私の頭がおかしくなったと思われた。でも確かに提灯はそこにいる。今も友人の頭上でクルクル回っている。


15. 『送り提灯』写真に写る


諦めかけた時、一枚の写真に提灯が写り込んだ。ぼんやりとした光の球。これで証明できると思った。でも他の人が見ると「レンズの汚れ」「光の反射」と言う。確かに写真ではただの光にしか見えない。私にだけ、その光が提灯の形に見える。証拠にはならなかった。


16. 『送り提灯』提灯が笑う


深夜、提灯から笑い声が聞こえた。くすくすという忍び笑い。最初は空耳かと思った。でも確かに提灯が震えながら笑っている。何がおかしいのか。私の怯えた顔か、それとも別の何かか。笑い声は次第に大きくなり、けたけたという甲高い笑いに変わった。耳を塞いでも聞こえ続ける。


17. 『送り提灯』引っ越しても


もう限界だった。引っ越しを決めた。提灯から逃げるために、遠い街へ。引っ越しトラックが出発し、新居に着いた。ほっとしたのも束の間、部屋の電気をつけると、天井に提灯がぶら下がっていた。前の家より大きくなっている気がする。場所は関係なかった。提灯は私についてくる。


18.『送り提灯』 提灯の数え歌

「ひとつ、ふたつ、みっつ...」提灯が数を数え始めた。何を数えているのか分からない。十まで数えると、また一から始まる。延々と繰り返される数え歌。リズムが頭から離れない。気づけば私も一緒に数えている。百を超えても千を超えても、提灯は数え続ける。


19. 『送り提灯』触れた夜

ついに提灯に触れてしまった。手を伸ばしたわけではない。提灯の方から寄ってきた。触れた瞬間、全身に電気が走ったような衝撃。でもそれ以上に、ぬるりとした感触が気持ち悪かった。紙でも布でもない、皮膚のような質感。それ以来、手のひらがずっとべたついている。


20. 『送り提灯』提灯の中身

提灯の口が開いた。中を覗き込んでしまった。見なければよかった。中には小さな目玉がびっしりと並んでいた。全部がこちらを見ている。瞬きをする目玉。涙を流す目玉。充血した目玉。その奥には更に何かが蠢いている。慌てて目を逸らしたが、瞼の裏に目玉が焼き付いて消えない。


第3章:侵食


21. 『送り提灯』家族が気づく

母が私の様子がおかしいと言い始めた。独り言が増えた、虚空を見つめている、と。でも母には提灯が見えない。いや、待てよ。昨日、母が「最近、家の中が薄暗い」と呟いた。父も「変な匂いがする」と。見えないけれど、感じ始めているのかもしれない。提灯の影響が広がっている。


22. 『送り提灯』子供の絵

姪が遊びに来て、絵を描いていた。家族の絵だと言う。父、母、私、そして見慣れない丸い物体。「これは何?」と聞くと「おじちゃんのお友達」と答えた。オレンジ色のクレヨンで描かれたそれは、明らかに提灯だった。子供には見えているらしい。無邪気な笑顔が恐ろしかった。


23. 『送り提灯』提灯の記憶

最近、自分のものではない記憶が混ざり込んでくる。知らない場所、知らない人々、そして常に視界の端に提灯。これは提灯の記憶なのか。何百年も前の記憶。戦の記憶。疫病の記憶。そして多くの死の記憶。提灯は全てを見てきた。今度は私の記憶も取り込まれるのだろうか。


24. 『送り提灯』昼間の提灯

提灯が昼間でも消えなくなった。太陽の下でも煌々と灯っている。むしろ昼間の方が不気味だ。青空に浮かぶオレンジ色の灯り。通行人は誰も気づかない。でも時々、犬が提灯に向かって吠える。動物には何か見えているのかもしれない。犬は必死に飼い主を引っ張って逃げていく。


25. 『送り提灯』鏡の中にも

洗面所の鏡を見ると、私の後ろに提灯が映っている。振り返ると提灯はいない。また鏡を見ると、やはり映っている。鏡の中だけの提灯。試しに手鏡、窓ガラス、水溜りを覗いてみた。全ての反射面に提灯がいる。現実と鏡像、どちらが本物なのか分からなくなってきた。


26. 『送り提灯』提灯になる夢

恐ろしい夢を見た。私が提灯になる夢。皮膚が和紙のように薄くなり、体の中に灯りが灯る。浮かび上がる感覚。誰かの後をついていく自分。目が覚めても、体が軽い感じが残っている。鏡を見ると、皮膚が少し透けているような気がした。夢なのか予言なのか。


27. 『送り提灯』燃えない提灯

提灯を燃やそうと思い立った。火をつけても燃えない。ガスバーナーでも無理だった。それどころか、炎が提灯に吸い込まれていく。提灯はより明るく灯り始めた。私の憎しみや恐怖も、全て提灯の養分になっているような気がする。もう物理法則は通用しない。


28. 『送り提灯』提灯の声

頭の中で声が聞こえる。低い、響くような声。言葉は分からないが、提灯が話しかけているのは分かる。最初は無視していたが、次第に大きくなる声。耳を塞いでも無駄。声は頭の内側から響いてくる。時々、その声に答えている自分に気づく。何を話しているのか、自分でも分からない。


29. 『送り提灯』皮膚に灯る

腕に小さな光る点ができた。最初は虫刺されかと思った。でも次の日、その点が増えていた。光る点は少しずつ大きくなり、繋がり始めた。まるで皮膚の下に提灯があるように、内側から光が漏れる。医者に見せても原因不明。私の体が、少しずつ提灯になっていく。


30. 『送り提灯』提灯の顔

提灯に顔が浮かび上がった。人の顔ではない。もっと古い、原始的な何かの顔。目も鼻も口も、正しい位置にない。見ていると気分が悪くなる配置。その顔がにやりと笑った。口が縦に裂け、中から無数の小さな提灯がこぼれ出てきた。部屋中が提灯だらけになった。


第4章:変質


31. 『送り提灯』慣れた

もう提灯を恐れなくなった。恐怖に疲れたのか、それとも感覚が麻痺したのか。朝起きて提灯に挨拶をし、夜は提灯に見守られて眠る。異常が日常になった。友人も来なくなった。仕事も辞めた。提灯と二人きりの生活。これが普通だと思い始めている自分が、少しだけ怖い。


32. 『送り提灯』提灯と歩く

外出する時は必ず提灯と一緒だ。もう隠すこともしない。堂々と提灯を連れて歩く。人々は私を避けるが、気にならない。提灯は良き同行者だ。道に迷うことはないし、夜道も明るい。時々、提灯が行きたい場所に導かれる。古い神社、寂れた墓地、誰もいない廃屋。


33. 『送り提灯』提灯の好み

提灯には好みがあることが分かってきた。雨が好き、子供が嫌い、赤い物に寄っていく。私の行動も提灯の好みに合わせるようになった。雨の日は散歩に出て、子供を避けて通り、赤い服を着る。自分の意思なのか、提灯の影響なのか、もう区別がつかない。


34. 『送り提灯』消えた一日

昨日の記憶がない。カレンダーを見ると一日進んでいる。その間何をしていたのか。提灯に聞いても、いつものようにゆらゆら揺れるだけ。服に見覚えのない泥がついている。爪の間に土。どこに行っていたのか。記憶の欠落は増えていく。覚えているのは提灯の灯りだけ。


35. 『送り提灯』提灯の温度

提灯に近づくと温かい。でも心地よい温かさではない。生き物の体温のような、湿った温かさ。時々、提灯から湯気が立つ。まるで息をしているように。その温度は日に日に上がっている。最近は近づくだけで汗が出る。でも離れると寒い。提灯なしでは体温が保てなくなってきた。


36. 『送り提灯』他の提灯

公園で別の提灯に出会った。私の提灯より古く、色も褪せている。二つの提灯は互いに近づき、くるくると回り始めた。挨拶なのか、情報交換なのか。向こうにも連れがいた。青白い顔をした女性。目が合ったが、お互い何も言わなかった。言葉は必要ない。同じ境遇だと分かった。


37. 『送り提灯』提灯の巣

提灯に導かれて山奥の洞窟に入った。中は提灯だらけだった。大小様々な提灯が、天井からぶら下がり、壁に張り付き、地面を這っている。ここが提灯の巣なのか。中央には巨大な提灯。脈打つように明滅している。私の提灯もその光に合わせて点滅し始めた。ここが故郷なのかもしれない。


38. 『送り提灯』提灯の子

私の提灯から小さな提灯が生まれた。分裂したのか、産んだのか分からない。手のひらサイズの子提灯は、親提灯の周りをちょろちょろと飛び回る。可愛いと思ってしまった自分に驚く。子提灯は日に日に大きくなる。そのうち、この子も誰かの元へ行くのだろうか。


39.『送り提灯』 私の提灯

「私の提灯」と呼ぶようになっていた。所有しているつもりだった。でも実際は逆かもしれない。私は提灯に所有されている。最近、提灯なしでは落ち着かない。提灯が少しでも離れると不安になる。これは依存か、それとも愛情か。もはやどうでもいい。提灯は私で、私は提灯だ。


40. 『送り提灯』提灯の名前

提灯に名前をつけた。いや、提灯が自分の名前を教えてきた。頭の中に響く音の連なり。人間の言葉では発音できない。でも確かに名前だと分かる。その名前を心の中で呼ぶと、提灯は嬉しそうに揺れる。名前を知ってしまった以上、もう他人ではない。家族のようなものだ。


第5章:結末なき終幕



41. 『送り提灯』最後の夜

何かが終わる予感がする。提灯がいつもと違う光り方をしている。激しく明滅したかと思うと、急に暗くなる。別れの時が来たのか。でも私は準備ができていない。提灯なしでどう生きていけばいいのか。必死に提灯にしがみつくが、するりと手をすり抜ける。


42. 『送り提灯』提灯が消える

朝起きると提灯がいなかった。部屋中探したが見つからない。外にも出て探した。もう二度と会えないのか。喪失感で胸が張り裂けそうだ。提灯を恐れていた頃が嘘のようだ。今は提灯が恋しい。帰ってきてほしい。一人きりの部屋は暗く、冷たく、とてつもなく広い。


43. 『送り提灯』静かな道

提灯のいない夜道は静かすぎる。自分の足音だけが響く。後ろを振り返っても誰もいない。何もいない。この静寂が恐ろしい。提灯がいた頃は、少なくとも一人ではなかった。街灯の下を通るたび、提灯の灯りを思い出す。もうあの温かさを感じることはないのか。


44. 『送り提灯』提灯の跡

部屋の天井に、うっすらと円形の染みを見つけた。提灯がいつも浮かんでいた場所だ。触ってみると、まだほんのり温かい。他にも痕跡がある。廊下の焦げ跡、畳の変色、壁の油染み。提灯の記憶が家中に刻まれている。消えても、確かにここにいた証拠。


45. 『送り提灯』新しい灯

玄関に見慣れない灯りが灯っていた。提灯ではない。もっと小さく、弱々しい光。近づいてみると、それは蝋燭だった。誰が置いたのか。でも何故か懐かしい感じがする。蝋燭の炎を見つめていると、少しずつ大きくなっていく。まるで成長しているように。これは…


46. 『送り提灯』提灯を待つ

毎晩、提灯が帰ってくるのを待っている。玄関の鍵は開けたまま。窓も開けている。いつでも入ってこられるように。でも提灯は来ない。代わりに虫や風が入ってくる。それでも待ち続ける。いつか必ず帰ってくると信じて。私は提灯なしでは不完全な存在だから。


47. 『送り提灯』提灯の理由

なぜ提灯は私を選んだのか。なぜついてきたのか。なぜ去っていったのか。答えは出ない。理由などないのかもしれない。ただの偶然か、それとも必然か。考えても仕方ない。でも考えずにはいられない。提灯との日々を思い返す。恐怖も今では懐かしい思い出だ。


48. 『送り提灯』私が提灯

鏡を見て驚いた。私の皮膚が透けて、内側から光が漏れている。提灯と過ごしすぎたせいか。それとも元から提灯になる運命だったのか。もう人間には戻れない気がする。でも不思議と恐くない。むしろ安心感がある。やっと提灯の気持ちが分かった気がする。


49. 『送り提灯』次の人

街で迷っている人を見つけた。暗い夜道で不安そうにしている。気がつくと、その人の後ろを歩いていた。適度な距離を保ちながら。私から光が漏れているのが分かる。その人が振り返る。恐怖の表情。ああ、これが始まりなのか。今度は私が提灯なのだ。


50. 『送り提灯』今夜も灯る

どこかで今夜も提灯が灯っている。誰かの後をついて、誰かを怯えさせ、誰かと共に生きている。それは元いた私の提灯かもしれないし、別の提灯かもしれない。もしかしたら、私自身かもしれない。提灯の物語に終わりはない。灯りは消えても、また別の場所で灯る。永遠に。

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