『かわいい』って言われたい 真白《ましろ》編
葉月やすな
第1話 あこがれ
鏡の前に座ると、見慣れた黒いケープが肩を包んだ。
見慣れた深い色。光を吸い込むような、落ち着いた色を見ると不思議と落ち着く。
「今日は、少し軽めにしてみようか?」
背後から聞こえるヒロくんの声は、相変わらず静かで穏やかだった。
私は
ヒロくんは、私が小学三年のときにお母さんがやっている美容室「Ravie」に来た美容師さん。
お母さんが離婚してすぐだったので、よく覚えている。
Ravieを出す前にお母さんが働いていたお店の新人で、よく面倒見たと自慢していた。
背が高くて、サラサラなボブスタイルの髪型がカッコいい人だと思った。
ヒロくんに髪を切ってもらうようになったのは、ここ一年くらい。
それ以前は、お母さんにやってもらっていたけど、商店街の急用で代わってもらったのが始まり。
それ以来、ずっとヒロくんにやってもらっている。
今は、ヒロくんの指先の方が、少し好き。
鏡の中で動く彼の手元を眺めるのが好き。
ハサミの音がリズムを刻む。その音に、なぜか落ち着く。
「真白ちゃんの髪の自然なカール。今日は、これを活かして、ふんわりと仕上げる」
私の髪は、雨の日には特にくるんと跳ねる。
それが少しコンプレックスだった。
けれど、ヒロくんは「活かせる」って言ってくれる。
左側を整えている彼の横顔をちらっと見て、私は思う。
この時間――髪が整えられていく感覚と、少しだけ特別な距離――が、やっぱり好きだ。
ヒロくんが仕上げた髪型は、トップにゆるくボリュームを持たせたナチュラルな外巻き。
私のカールをそのまま活かすように、空気を含んだようなふんわり感を出してくれていた。
左側の前髪は少しだけ流してあって、鏡の中の私は――ちょっと、雰囲気が変わったかも。
***
「メイクも合わせてみる?」と、ヒロくんが声をかけてくれた。
軽くうなずくと、ヒロくんがチークブラシとリップを手に取る。
アイメイクはごく薄く、まつ毛の根元だけをほんの少し際立たせる。
頬にはピンクベージュのチークを円を描くようにのせて、肌になじませる。
リップは透けるようなコーラルオレンジ。
髪のふんわり感に合っていて、ナチュラルなのにほんのり華やか。
「うん、似合ってる。これなら外の風にも負けないね」
鏡の中の私を見ながら、彼がそう言った。
そのとき、カウンターの奥からお母さんの声が飛んできた。
「ちょっとー。うちでは、未成年のメイクは、保護者の承諾がいるんですけどー」
ヒロくんが一瞬動きを止めて、私と視線が合った。
ふたりで肩をすくめて笑った。
その笑いは――ちょっとくすぐったくて、でもどこか、特別だった。
「ごめんなさいね、ヒロくん。休憩中にまで手間かけて」
お母さんがタオルを畳みながら声をかける。
「時間外のお手当は、真白のお小遣いからちゃんと出すから」
「えー!? ヒドイ! あたし、店のお手伝いいっぱいしてるじゃん!
ヒロくんも何か言ってよ!」
ヒロくんは少しだけ目を瞬かせた。
「ヒロくんじゃないでしょ。何回言えばわかるの。
あんたは、ちゃんと
お母さんの言葉に、ちょっとむくれて言い返す。
「昔から“ヒロくん”って呼んでたし、いまさら変えるのムリ!」
ヒロくんが、ハサミを片づけながら頬をゆるめるのが鏡に映った。
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