第033話〜求婚〜

「わたくしと結婚してくださいませ!!」


 静まり返る一同。

 エータはあまりに急なことで開いた口が塞がらない。

 と、サリバンがベヒモスのようにドロシーに突進。

 スパーンと良い音を立てて、後頭部をはたいた。


「痛いですわーー!!」


「あんたはまた意味のわからないことを! ごめんねぇ、エータくん。この子ちょっと⋯⋯いや、かなりアレで〜」


 「ホホホホホ!」と、上品に笑うサリバン。しかし、その手はドロシーにアイアンクローをキメている。

 ミシミシと鳴るドロシーの頭部を見ながら、エータは、


「あはは⋯⋯おかまいなく⋯⋯」


 と、答えつつも戦慄した。

 そんなエータの肩をビートがポンッと叩く。


「すまん、エータ。こいつ、昔から玉の輿ってヤツを狙ってんだ。貴族と結婚するのが夢とかで⋯⋯」


「貴族? でも俺、貴族なんかじゃ⋯⋯あっ!」


 もしかして家名か!?と、思ったエータはドロシーに話しかける。


「あー、ドロシー。俺ってミヤシタって名字があるけど、別に貴族って訳じゃないんだ。俺の世界だと名字って一般的で⋯⋯」


 ドロシーはサリバンを振りほどき、頭をさすりながら言う。


「別に貴族がどーのって訳じゃございませんわよ? わたくしは、あなたの将来性に期待してますの!」


 夢見る乙女のように両手を組み、目を金貨にしながらドロシーは言う。


「こーんな田舎の村娘とはオサラバして、わたくしは豪華なお城に住むブルジュワレディになりたいんですの! あなたはきっと大物になりますわぁ! わたくしの勘がそう言ってますの〜!! そして毎日贅沢三昧⋯⋯ぐへへ⋯⋯」


 あっ、ダメだこの子。ヤバい子だ。美人なドロシーに告白されて、若干テンションが上がっていたエータの心がクールダウンしていく。


「つか、俺はてっきりドロシーとビートが付き合ってるのかと思ってた」


 二人を見ながらエータは言う。すると、ビートが心底嫌そうな顔でこう言った。


「いや、エータ。これだぞ? ナシだろ普通に。⋯⋯ゴリラだし」


 ビートがそう言うやいなや、ドロシーから「ドゥッ!!」という音が鳴り、身体が激しい光で満ちていく。

 ドロシーの栗色の毛は黄金に輝き、逆立っていた。


(これは優しい心を持ちつつも、激しい怒りによって目覚めたスーパーでサイヤなアレ!?)


 と、エータが思っていると


「ゴリラ?」


 赤く目を光らせ、もはや人外と化したドロシーがビートを睨みつけた。


(あっ、これビート死んだわ)


 エータがビートのほうを見ると、彼はいつの間にか木から屋根に登り、全速力で逃げ出していた。


「わたくしから逃げられると思っているのかしらぁぁぁ! ビートぉぉぉお!!!!!!」


 そう言って、ドロシーは舞空術よろしく、一足飛びで「ドギャゥッ!」と、空に舞い上がりながらビートを追いかけて行った。


 君たち、昨日死にかけたのに元気だね。エータは呆れながらそう思った。


「エータくん、本当にごめんね。あたしゃどこで育て方を間違えたのやら⋯⋯」


 サリバンが大きな溜息をこぼす。


「心中、お察しします⋯⋯」


 エータは、サリバンに優しく声をかけた。


 と、そんな茶番をくり広げていると、エータの袖を何者かがひっぱる。視線を落とすと、そこにはイーリンがいた。


「エータ。ギムリィおばあちゃんが話あるって」


「ギムリィが?」


 そう言えば昨日、話がしたいって言ってたような。色々ありすぎて忘れていた。そんなことを考えていた次の瞬間。


「エータよ。お主、異世界から来たと申しておったのう」


「うおおぉう!」


 急に後ろから現れたギムリィ。そんな彼女に驚きつつ、エータは答えた。


「は、はい。地球っていうところから⋯⋯。気候とか植生とかこのバハスティフ?って世界にソックリなんですけどね」


「ふむ⋯⋯」


 ギムリィは被っているケモノの皮を撫でながら何かを考えているようだ。一体どうしたというのだろう。


「お主の身体にはこの世、バハスティフに生きる物すべてに備わっている魔素マナの回路が存在せん」


「マナの回路?」


「左様。本来なら生命力と同じように脈動し、巡回し、器の中に貯まっていく」


(ゲームでいうMP⋯⋯マジックポイントみたいなモンか? ほんで、そのMPは体力と同じように自動回復するものだけど、俺にはそれが無いと)


「お主の身体にマナの回路が存在せんのは『異世界人だから』と言うことで合点がいく。しかし、問題はアイテムボックスじゃ」


「アイテムボックス⋯⋯あっ!」


 エータはギムリィたちが言っていた違和感とやらに気がついた。


「俺のアイテムボックスはどうやって発動してるんだ!?」


「そういう事じゃ。魔道士ウィザード魔素マナの流れを読み、この世のことわりに働きかける職業ジョブ。故に、お主に魔素マナを入れる器がない事が感じとれた。しかし、アイテムボックスを使用した際には魔素マナの流れが見える。まったくもって意味がわからん。その魔素マナはどこから来ておる? 道理から外れておるわ」


(アイテムボックスを使った時にはマナが流れてる? 誰かがマナを肩代わりでもしてくれてるって事か? だとしたらバスティ様しか居ないけど⋯⋯でも、リヴァイアサンに襲われた後からバスティ様の気配が感じられないんだよな)


「おばあちゃん、道理、囚われすぎるの、ダメ!!」


 イーリンがぴょんぴょんと跳ねながら言う。


「人間の道理、世界は簡単にくつがえす、おばあちゃんが言った!」


 イーリンの言葉にギムリィの被っている獣の皮がピーンッと耳を立てた。


(その耳って動くんだ!?)


 エータは興味津々にギムリィの被り物を見る。


「イーーリーーーン! この子は本当にもうぅぅ! 世界一かしこい我が孫じゃぁぁー! お主は魔道士ウィザードの星じゃぁー!!」


 二人はひしと抱き合い「イーリン!」「おばあちゃん!」と呼び合っている。本当に仲の良い祖母と孫である。


 そんな二人を蚊帳の外から眺めていると、ブライが「そろそろ始めようと思うんだけど、良いかい?」と、エータに声をかけてきた。


 村の大改造を思い出したエータは、元気よく「はい!」と、返事をしたのだった。


 さぁ、アイテムボックスの本領発揮である。

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