予測不能のVRゲーマー、スキル模写とバグ技で死のゲーム〈アークマギア〉を規格外に生き残る

甲賀流

第1話



 ここは没入型VRMMORPG〈アークマギア〉のゲーム世界。


 

 大地を踏みしめる感覚、吹き渡る風、草原の匂い、どれをとっても現実そのもの。



 だがこれは現実ではない。



 なぜなら現実ではあり得ないほど完璧だからだ。



 そして、その中には「痛み」すらも含まれていた。



 ログアウトできず、ゴブリンに肉を引き裂かれてしまったプレイヤーたち。


 

 俺は今日、このβテストの中で、何度も人が死ぬところを見た。


 

 ゲームのはずだ。


 

 たかがβテストのはずだった。


 

 ――だというのに。

 


「……こんなのがゲームだと?」


 

 あんな惨い殺され方をして、何がゲームだ。

 何がβテストだ。


 

 ふざけるなよ。

 


 そして目の前にはゴブリンのボス。

 次の狙いを俺へ絞ったとばかりに、目を鋭く光らせている。


 

「ググ……ッギィィッ!!」


 

 背骨に冷気が走るような、獣とも人間ともつかない咆哮。


 

 そんなヤツが今、跳びかかってこようとする全ての前兆が、一つ一つの挙動全てが、まるで設計図のように、俺の脳内に浮かび上がっていた。



 足の軸の入れ替え、肩の溜め、視線のブレ。


 

 わかる……。

 相手の攻撃が。


 

 踏み込みは今っ!



 でも、無理だ。

 避けられない。


 

 理解と反応は全くの別物。

 リアルな五感とリンクしたこのゲーム世界では、脳が理解しても、肉体が追いつかないからだ。



 その瞬間、世界が歪んだ。



 ――ピコンッ。

 


 耳元で、聞こえるはずのない電子音が鳴った。



 視界の中央に、黒いウインドウが、割り込むように出現した。



〈スキル:模写眼(コード・リーディング)を取得しました〉



 何もしていない。



 ――ただ死ぬと確信した瞬間に、それは現れた。


 

 そして次の瞬間。


 

 視界が変わった。


 

 敵の踏み込みが、動きの構造が、まるで手に取るように分かる。



 まるでプログラムの裏側が、強制的にオーバーレイされるように、



 勢いよく流れ込んできた。



 コードの羅列。

 挙動のトリガー。

 入力と出力の対応関係。



 これは……解析ログだ。

 いつも俺がゲーム世界で視ようとしていたものが、今、目の前に自動で流入してきている。



 そして、

 

 

【特異観察条件 達成】

〈模写眼により、スキル:裂走を取得しました〉


 

 これはあのゴブリンが、今放とうとしているスキルそのもの。


 

 俺は今、戦う力を得たのだと、


 

 そう理解した。



 でも、間に合わない。


 

 すでに俺へと向かうその刃が、



 目前に迫る死の予感が、



 俺にそう告げるのだから。




 * * *


 


 ――βテスト開始から少し前。


 


スレタイ:【速報】アークスフィア=コードの後継VRゲー、アークマギアの新作βテストきたぞ!



1:名無しさん:

うおおお、β招待きた! 俺、アークスのガチ勢w


2:名無しさん:

ガチ!? どんな内容だった? ってか続編なん? それとも新規?


3:名無しさん:

設定はまんまアークスの使い回しらしい。ステージとか構造も被ってるとか。

ただ五感連動って話だから、フルダイブの進化系かも。


4:名無しさん:

そういえば、βテスト参加者リスト出てたぞ! アークス組、誰かいた?


5:名無しさん:

いたっぽい。チラ見したけど、見覚えあるの何人かいたわ。


6:名無しさん:

有名どころいた?

例えばランキング組とか、上層ギルドの人間とか。


7:名無しさん:

まだ全部見れてないけど……。

たしかミドウテンリって奴はいたぞ。多分あれ、有名なバグチェッカーだよな?


8:名無しさん:

ミドウテンリww

誰がプレイヤー名にフルネームつけんだよww


9:名無しさん:

正式ギルド所属なし、戦闘ランキング圏外なのに、バグとマップ構造だけ異常に詳しい奴。

すり抜け動画めっちゃ拡散されてた。


10:名無しさん:

俺一回だけ組んだわ。見た目は普通のプレイヤーだったけど、ボスのAIパターン読み切って前衛より先に位置取りしてた。意味わからん。


11:名無しさん:

本人は大した実力でもないけど、ランキング上位勢には好かれてるらしいな。

アイツが居たら攻略が楽になるってw


12:名無しさん:

そのくせ攻略前線には立たず、運営にバグ報告ばっかりしてるんでしょ?

マジで何がしたいのか分からん笑


13:名無しさん:

なんだそれw

ゲームやってて楽しくないだろwwww



 御堂天理、20歳。

 情報システム系の大学に通っている。

 そんな俺は、この夏休み、運良く届いたβテスト当選通知に心を弾ませながら、目的地までのんびりと足を進めているところだった。


「……悪かったな。楽しくなさそうで」


 新作VRゲーム【アークマギア】の情報を少しでも得ようと思ってネットを漁っていたが、まさか自分の悪口を見つけてしまうとは。


 陰でバグチェッカーとかいうあだ名がついてるとは聞いてたけど、本当に呼ばれてるんだな。


「ま、間違いではないか」


 ここの有象の人たちが言ったとおり、俺はアークスフィア=コードのプレイヤーだ。


 ギルドにも属さず、戦績も凡庸なただの凡人。


 だけど、動きだけは誰よりも視てきた。


 それは他プレイヤーや敵モンスターのクセ、弱点だけじゃない。

 地形のバグ、すり抜けルート……他にも隠しクエストを無理やり引き起こしたりなど、いわゆるプログラムの動きというところまで。


 視ることが、俺のゲームだった。


 完璧なまでに作られたゲームに魅力なんてない。


 バグという不具合が、その世界の綻びが、制作者の顔や人間性を写し出すんだと、俺は思う。


 そこにロマンがあり、ゲームを楽しむ上で最高のスパイスになる。


 だから俺はバグを見つけることで、そのゲームの奥底を知ろうとしているんだ。


 誰のためでもない。

 自分の、好奇心を満たすために。

 

 それが俺、御堂天理がバグチェッカーと呼ばれる所以。


 いや、まぁそれの何が楽しいんだって言われてしまえば、これ以上は答えようがない。


 お前らだって攻略の何が楽しんだと問われれば、どうせ答えられないだろ――


 なんて、返しもしない掲示板への返信を、俺は心の中で綴っていたのだった。



 * * *


 

 地下鉄の雑踏を抜けて、俺はあるテナントビルのような外観の建物へと足を踏み入れた。


「……ここ、だよな」


 スマホのマップアプリが到着を示しているのだから、間違いは無いはず。


 てっきり前作のアークス、今回のアークマギアを手がけたアークシステムズコーポレーションの本社かと思っていたが、どうやら違ったらしい。


 なんというか……。


「βテスト会場とは思えないな」


 そんな内観と外観だった。


 受付もない。

 運営スタッフもいない。

 今のところ人間の気配がやけに希薄。


 まぁ目的はこの地下階だ。


 俺はエレベーターに乗った。



 そして目的地である地下二階へ到着するのはあっという間のことで、


 降りた瞬間から感じた空気は、まるで別世界。


 真っ白で広い部屋に、巨大なVR用のフルダイブシートが30台以上並んでいた。


「すげぇなこれ! 俺、初めて見たぜ!」

「こういうシート型のVR装置は、世界初だそうですからね。といっても、まだ開発途中らしいですが」

「ゴーグル型が主流の中、シート型を体験できる日が来るとは……。科学の進歩に感謝……」


 もうすでに十数人ほど、会場にあるフルダイブシートに集っている。


 明るい今どきの男女、少し強面の男性や中年の男女など、歳性別はバラバラ。


 プシューッ!


 空気が漏れるような音とともに、部屋の中央から一本のポールが床から出てきた。

 だいたい俺たちでいう腰くらいの高さだ。


『皆様、お揃いですね』


「おおっ!? なんだ!?」

「このポール、喋りましたね!」


 男性モデルのAI音声。

 どうやら俺が最後の一人だったらしい。


『ようこそ、ベータテスト専用実験施設〈A.M. Gate〉へ。本施設は、VRMMORPG〈アークマギア〉の次世代ダイブ技術・実証試験のために設計されています』

 

『本日参加されるテスターの皆様には、最新型フルダイブシステム〈ARC-SHEET〉を通じて、五感同期型ダイブ体験を提供いたします』


 無駄のない機械音声。

 抑揚のない語り口調が、俺たちβテスターにアナウンスをかけていく。


「五感同期型……?」

「それって痛みもあるんですか? だとしたら、その……少し、いや、ちょっとだけ怖かったりも、するんですけど」


『シートへの搭乗後は、AIオペレータの指示に従い、システム接続を開始してください。すべての準備が整い次第、あなたの意識は〈アークマギア〉の世界へ転送されます』


 引き続き淡々と答えるAI音声。


 なるほど。

 このアナウンスは一方通行らしい。


 さきほど問いを投げた女性たちは、戸惑いの色を隠せないといった様子。


「テンション上がってきたわ。早くいこうぜ、アークマギア!」


 強面の男は興奮気味にそう言った。


 まぁ分かるぞ、その気持ち。

 正直俺も少し昂っている。


 あのフルダイブシートの背もたれ部分に集中している感覚センサーや頭部のみを頑丈に覆うヘルメット。

 さらにはセンサー付きであると思われる手袋や靴下まで、シートにセットされている。


たぶんだが、神経同期の優先度が視覚よりも触覚や温痛覚に振られてるんだろう。


 普段のVR機器ならあくまで映像体験がメインの中、これはまるで体そのものを取り込む前提で作られているような。


 まさに未知の体験だ。

 

「うわ、マジであれに入るのか……?」

「緊張してきました」

「五感完全リンク……楽しみだぜ」


 楽しげな者、不安げな者、戸惑う者。

 それぞれが様々な反応を見せる中、俺は静かに呼吸を整える。


『これより、各自に割り当てられたアークシートへご案内いたします。赤いガイドライトに従い、お進みください』


 すると各フルダイブシートの足元に、赤い光で数字が割り振られた。


 たしかβテストの当選通知に、その番号が書いてあったはず。


 俺は……六だ。


『それでは、ゲームの世界でお会いしましょう。アークマギア運営開発部より』


『――良き実験結果を』


 その最後の一言に、再び周囲がざわつく。


「実験結果ってなんだよ……怖すぎだろ」

「とにかく早くいきましょうか」


 皆それぞれ、割り振られた数字のフルダイブシートへ腰をかけていく。


 俺も周りの参加者と同じように、シートへ座ってヘルメットを被った。


 ギュィィィィンッ!!!!


 脳へ直接訴えかけてくる起動音。

 大きな音の割に不快感はそれほどない。


 次第に意識が遠くなっていく。

 ここまではゴーグル型と同じ現象だ。


 しかし今回のアークマギアは、前作とは違って五感の全てが同期される新型のフルダイブ機能。


 今までと全く違ったVR。


 俺は知りたい。

 新しい科学、新しい世界を。

 そしてバグという綻びから、このゲームの真髄を覗いてみたい。


 ただそれだけ。

 それだけのために、このβテストに参加した。


 ストン――


 現実の意識から、無意識へと変わる瞬間。


 視界が一瞬で真っ白に包まれた。


 

【クラス適正判定中……】

【適正職業:剣士】


 

〈ようこそ! アークマギアの世界へ!〉



 夢にまでみたフルダイブ技術のゲーム世界。


 このリアルな世界にどれだけのバグがあるかを考えるだけで胸が高鳴る。


 待ってろよ、アークマギア。


 俺がこの世界でも、バグというバグを全て見つけてやるよ。


 

  だがこの時の俺は、まだ知らなかった。

 このバグ探しが、命がけの解析になることを。




‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐



これもピッコマノベルズ大賞に応募している作品です。

20話までで、キリよくなってます。


出来栄えとか少し気になるので、感想などくださると嬉しいです😳

 

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