第5話 辻褄


「あ、私も食べたい」


空気を察して一旦お昼休憩を挟もうと提案したイアンに井戸子が反応する。


「一つ、幽霊は腹を空かせない。が、味覚を感じることはできる」


「……電気を通じて」


カルロの意地悪な解説にイアンの生気が再び抜き取られる。


「くそっ。考えれば考えるほど幽霊=電気に結びつかないと"つじつま"が合わねぇ」


「偽造なんて考えるからだよ」


休憩という安堵のせいで自らも協力しなければ消えてしまうことを忘れている井戸子は淡々と返した。


「偽造しないとお前も消えるんだぞ」


「うっ、そうだった……」


井戸子も頭を抱える。イアンの提案むなしく、室内は再びお通夜状態となってしまった。相変わらずうるさいエアコンのノイズだけが時間の流れを残酷に示し、心許ない焦りを植え付けてくる。





「で、どんな研究結果だと面白いと思う?」


カルロはキャンディを口の中で転がしながら言った。

彼はまるでこの状況を楽しんでいるみたいだ。


「カルロまじめにやれ」


イアンはというとデスクにA4の紙を広げ、思いつく限りの単語を書き留めていた。水素、酸素、鉄、プラズマ。液体、固体、概念、気体。そもそも存在しない。


「あとは……」


「グミ、チョコレート、パイン。それとキャンデ……」


「カルロまじめにやれ」


悩むイアンにカルロが割り込み、いつものように却下される。


「なんだよ。俺たちの論文はこれから世界を驚かせるんだぜ?そんな堅苦しい言葉並べたって何の解決にもならないだろ」


「だからってそんな"人生みたいなレパートリー"並べんな」


「イアンは分かってないなー。どうせ偽造するなら世界を驚かせるだけの衝撃がないと。」


井戸子が割り込む。


「井戸子は分かってるな。それに、偽造するなら堅苦しさやリアリティが薄い方が背徳感も薄れるだろう?」


「カルロくん、やはり君は鬼かね」


井戸子は半ば投げやりにカルロに便乗している。


「お前らこの研究が終わったらまとめて成仏してやるからな」


「ちょっと!それってつまり私だけ消えちゃうじゃん」


井戸子が2つ目の菓子箱に手を伸ばしながら途中でハッとした様子でイアンを見る。


「っていやいやいや、ごめん。私が消えないように色々考えてくれてるのに何投げやりになってるんだろう私」


「いや、いいんだ」


A4用紙の裏側に新しい項目を書き加えながらイアンが返す。そんなイアンの心境を代弁するようにカルロが話し出す。


「俺たちが偽造するのは井戸子の為だけじゃない」


「ははん。やっぱり二人にも何か目的があったんだ」


「あぁ。特に”イアンに”だが」


二つ目の菓子箱からクッキーを三つほど抜き取り続ける。


「イアンには病気を患っている子どもがいる」


「え、嘘……」


「この研究が終わらない事には手術費が出せない状況だ。無論俺も何かしてやれることがないかとは思ったが、この研究を成功させるほかに道はなかった」


イアンは無言で書き物を続けている。


「論文発表の前日、俺は聞いてしまった。研究結果によっては学会は報酬を取りやめるつもりでいる。研究が成功するかどうかは重要ではなかったんだ。学会の目的は世界を驚かせること。全ては、幽霊という存在の謎が学会を満足させるだけの答えを持っているかどうかに掛かっていたんだ」


「そんなむちゃくちゃな……。やっぱりブラックだったのね」


「それだけの驚きがないと見合わないほどの時間を俺たち人類は掛けてしまった。何世代にも渡って払い続けてしまった。だから俺たちは世界を驚かせないといけない。学会の為にも、論文を待っている国民の為にも」


「すまない……俺が真面目過ぎるばかりに」


イアンは手を止めることなく、ぽつりと零した。


「忘れてたんだけど」


井戸子が口を開く。


「ん?」


「この研究はまだ終わってないよ」


「何が言いたい?」


「二人とも忘れたの?私は蘇ったんだよ。カプセルを飛び出した拍子に肉体を得て蘇った。さっきからお菓子を食べる手が止まらないし、少なくとも幽霊だった時とは異なる状態ではある。”一つ、幽霊は腹を空かせない”。今の状態の論文では、君たちの研究は破綻してると思わない?」


井戸子の話を聞く二人の顔が見る見るうちに生気を帯びていく。





私たち三人は早速学会に向かった。念のため”幽霊=電気”という結果だけを省いて仕上げた論文を持ち込み、新たな問題が起きてしまった為予定通り幽霊の正体を発表するには研究が不十分であると説明した。


”幽霊が肉体を持ってこの世に蘇った”


という事実は私の実体を見せることで証明し、研究延長の説得は十分であった。


しかし学会は二日後に迫る論文発表自体は取り下げられないとし、報道の見出しはそのままに内容だけを差し替えることで本命の『幽霊の正体について』発表の日付を別に設けた。無理やりではあるが致し方ない。


もちろんこのやり方で私たちは国民の神経を逆撫ですることにも成功してしまい、当然報道局は学会側の私たちの代わりに大非難を浴びることとなる。


当ニュースを担当したアナウンサー”浅井 沙那”はこの事件をきっかけに番組降板を決意。その後、表舞台から姿を消した。


というところまでが、

私"芦戸居 井戸子(あしどい いどこ)"と記者"朝比奈 杏(あさひな あん)"が論文発表後の都内にてお茶を交わし、彼女から得た情報を私なりに結びつけた全貌である。

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