第8話 夜に 1

 多少の邪心を持って、赤くなって俯く翔太を眺めていたセレアは、はっとした様子で、翔太を見ると、

 「そう言えば、あなた、名前は?」

 と、微妙に小首をかしげてみせた。

 「名前?僕のですか?」

 既にいっぱいになっている翔太の頭では、理解できない。

 「他に誰がいるのよ。まぁ、私も、ブラックの事でいっぱいになっていで、気が付かなかったんだけどね。それで、あなた、名前は?」

 片方の肩だけ窄めるセレア。

 「僕、北原 翔太です。」

 翔太は、セレアではなく、目の前で赤く火の粉を撒いている焚火を見ながら答えた。

 「ん、と、キタハラでいいかしら?」

 「あっ。翔太 北原で、翔太でいいです。」

 「?まぁいいわ。ショウタね。」

 「はい。」

 「私は、セレア フランシア、セレアでいいわ。」

 「ええっと、セレアさん?」

 「さん、は、いらないわ。セレアでいいわ。」

 「えっ?でも、、、。」

 言いかけた翔太は、切れるかと思うほど細くなったセレアの目と、彼女の後ろに、稲妻でも走ったかと思えるピリッとした気配に沈黙。

 「さん、は、いらないわ。セレアで、いいわね。」

 いっそ、静かともいえるセレアの口調に、翔太は、恐怖しか感じなかった。

 「わ、わ、わかりました。セレアで」

 「そっ。」

 セレアは、一転して、上機嫌な微笑を見せた。


 ー しっ、死ぬかと思った、、、。 ー


 ー さん、なんてつけられたら、如何にも年増みたいじゃない。 ー

 

 同時に、目線を逸らして、外を向く二人だった。

 微妙な雰囲気に包まれたとき、くー、と、セレアの腹が切ない音を響かせる。


 丸くなった翔太の目に、真っ赤になったセレアが映った。


 その、映ったセレアは、真っ赤な顔のまま、翔太を睨みつける。

 

 「ショウタは、聞こえてない!!」


 「うっ、うん。大丈夫。聞こえてない!」


 セレアの勢いに、両手と頭を激しく振って翔太が答える。


 セレアは、一瞬、何かを言いかけるが、横を向いた。


 「しょうがないでしょ。ショウタのことがなけれは、日帰りの予定だったんだから。一応、獲物は探したのよ。でも、本当に、討伐されて、何にもいないんだもの。」


 「なんだか、ごめんなさい。」


 深々と頭を下げる翔太。

 セレアは、もぅ、と、口の中で言うと、ため息をついた。

 「そう言えば、ショウタは何も持ってないの?剣は持ってるみたいだけど、背負い袋は?」

 「あっ!」

 思い出した翔太は、急いで背負い袋を下し、中をのぞいた。

 小難しい表情になる。

 「どうしたの?」

 セレアの声に、すまなそうに翔太が顔を上げた。

 「干し肉みたいのがあるんだけど、転んだ時に潰したみたいで、ちょっと、、。食べれないことはないと思うんだけど、、、。」

 セレアは、少し前のことを思い出して、あたふたと、顔を背けた。

 「そっ、そう、まぁ、一日ぐらいは食べなくても大丈夫だけど、とりあえず出してみたら。」

 「うん。」

 翔太は、背負い袋を探って、一番、形がまともそうな干し肉を取り出し、セレアに見えるように差し出した。

 「それなら、十分じゃないかしら。」

 チラッと、干し肉を見ると、セレアが答えた。

 「本当?なら、これ、セレアが食べていいよ。」

 翔太が、体を少しセレアの方にずらし、腕を伸ばして干し肉を差し出すと、セレアは、ゆっくりと、焚火へ顔を向けた。

 「べっ、別に、数があるならともかく、私は、一日ぐらいなら大丈夫だから、ショウタが食べなさいよ。ショウタの方が、よっぽど子供なんだから。」

 「あっ。一応、二人分で明日の昼ぐらいまではあるよ。」

 「えっ?そうなの?」

 セレアの雰囲気に、さっと、明るさが加わる。

 「うん。それに、その、、。助けてもらったお礼もあるし、あと、その、、人がいるところまで、、その、、送ってもらいたい、って言うか、ついていかせてもらいたい、と、言うか、、、。」

 対して、翔太は、受け取ってもらうために適当に言い並べた内容が、とてもじゃなく、干し肉で対価になる内容ではないことに気が付き、声が小さくなっていった。

 ー もしかして、内容、都合がよすぎない。あれ?これを断られたら、詰み、だよね。 ー

 目に、懇願の色が宿る翔太。

 「あーーーっと。」

 セレアは、思ってもいなかった翔太の言葉に、多少、考えた。

 ー どうも、手懐けたつもりで、保護者気分になってるみたいね。まぁ、言っている内容と、干し肉じゃあ、対価もへったくれもないけど、私も帰るし、手懐ける為と思えば、、、。 ー

 まとめたセレアは、翔太の方を見た。

 「わかったわ。それならもらうわ。ありがと。」

 セレアは、嬉しそうに手を伸ばしてくる翔太から、干し肉を受け取った。

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