第三十四神話 小さな世界の混沌/無貌

静かに目覚める厄災に気付いたものは、この世に一柱と、一人の人間のみ。


「………」


「ファラくん?どうしたの?」


「ん?いや〜変な気配がした気がしたんだけど…気の所為かな?」


私達はディエゴを別室で休ませ、招待客席に戻った。


その間、第八回戦、第九回戦を見たのだが…


出場者はゲリラ参加の冒険者達、実力そのものは悪くないと思う。

……悪くは無いのだけど、観客達の空気はどこか物足りなさを滲ませていた。


それは隣で同じように退屈そうにしているファラくんを見ると、明らかだった。


「いやぁ、こんな事言うのはあれだけどさぁ──つまんないよなぁ」


ファラくんは大きなあくびをしながら宙にふわりと浮かび、そのままあぐらをかく。


「仕方ないわよ、最近の冒険者達はランク評定相応の強さを持ってる人が少ないんだから」


フレイが腕を組みながら、ファラの方を見やった。


フレイの言う通り、現在冒険者ギルドのランク評定制度は、明らかに腐敗が進んでいるようだ。


たとえば——

・パーティのでランクアップし利益を得る、実質の実力が伴わないままBランク評定になった者

・逆に、所属パーティが強すぎて、本人が大した力を持たずともAランク評定まで引き上げられた者


後者は周囲が強すぎるという仕方がない事情ではあると私は思う。

だけど前者に限っては、悪辣極まりない、制度そのものを腐敗させる行為だと思う。

こうした、名ばかりの高ランクが増えた結果、制度そのものの信頼性が揺らいでいた。

ただ、Sランク、そして例外のSSランクに限っては、今でも相応の力が集まっていた。

例を挙げるなら…ここにいる七天神達、ファラくんやアイリズちゃん

どれも、ただ強いだけじゃない

皆んなという言葉が正しく似合う人達だ。


そこまで思考を巡らせていた時だった。


「ん〜」


あぐらをかいたまま宙に浮いていたファラくんが頭を悩ませていた。


「ん?どうしたの?」


「いやぁ〜それにしても…なんか引っかかるんだよねぇ」


「引っかかる?」


ファラくんがそう思う理由がわからなかった。


「冒険者たちの強さもそうなんだけど、今大会の出場国がさ」


「え?なんで?」


「この決闘大会に魔国テスラっていう魔物の国が出場する時、決まって光明国と精霊国、輝幻国っていう国が出場するんだけど…」


「だけど?」


「精霊国以外、どっちも参加してないんだよねぇ」


「え?」


「輝幻国はこの時期、豊石祭をしているであろう?」


アルディールが話に入ってきた。


「そうそう、輝幻国は豊石祭の時期だからまぁ仕方ないんだけど…」


「その光明国が出場してないのがおかしいってこと?」


私は頭考え途中のまま、言葉に出してしまった。


「そそ、そういうこと」


「光明国はこの時期に特別な行事なんてなかったはずだし、魔国をライバル視してるから出場しません!ってのはないと思うんだけどなぁ」


ファラくんはふわりと浮きながら考え込んでしまった。


「…そういえば」


突然、後ろの方で紅茶を嗜んでいたセレーネが、思い出したように呟く。


「ん、セレーネ?どうしたの?」


「いえ…光明国では最近…妙な動きをしていたことを思い出しまして…」


「妙な動き??」


「はい、公爵家の大半が、公爵の座を継承したのですが…そのせいか国家体制が大きく変わりまして…」


「それで?」


「徴収の量が多くなったり、不当な罰による収監が多くなったり、明らかに多くなった軍兵だったり」


「なるほどねぇ…」


「皇帝は継承してまだ日が浅く…殆どの権力は現在公爵家が担っています。今の世では、魔物の凶暴化もあり、魔物の国を敵対視する者が多くなったということもあるので…もしかすると」


私はすぐに理解してしまった、セレーネがこの後に綴る言葉を——


「おそらく、戦争準備をしているのかもしれません。最悪の場合、隣国も巻き込んで戦争を仕掛けるかもしれません」


セレーネの言葉が落ちた瞬間、会場に轟音のような歓声が割り込んだ。

ちょうど第十回戦の開始を告げる花火が鳴り響く。


「……続きは、あとで確認しよっか」


ファラくんが軽く手を振り、私たちは視線を闘技場へ戻した。


「そうですね、今ここで深掘りをしたところで、仕方がありませんね」


「そうそう、だから今は大会を楽しもっか」


戦争の二文字が皆の心に重く沈む。…でも、ファラくんの言う通り、今は大会を楽しむ時だ。


その瞬間、会場にシルフィムの声が響く。


「さぁさぁ!やってまいりました第十回戦!今大会の決闘試合もあと数試合…そろそろ幕開けの時間です!」


「お、始まるね」


ファラくんの声に促され、私は視線を闘技場へ戻した。


「第十回戦!決闘を行う戦士達は…この人達だァ!」


その声と共に、控え室がある方の門から、一人の男の子が出てきた。


「信仰国ヴァルメア、王国武術学院テンホウより参上した若き騎士候補生!その力は見せつけ、騎士の道を辿るか!ヴィリアルム・クスト!!」


緑の短い髪の青年が歩いてくる。


「けっ、こんな大会わざわざ参加する意味ねぇってのに、どうせここに居る奴全員雑魚だろ」


「おい!もっと強ぇやついねぇのかよ!」


その少年は叫びながら、参加戦士達を罵倒する。


「うっわぁ…あんな子、うちの校舎に居たっけ…?」


ファラくんが嫌悪感マシマシの声を出す。


「クスト…と言われると、恐らく聖王国の…」


アイリズちゃんがファラくんの耳元で囁く。


「あ〜…セトゥミアさんの所か〜…最悪だ」


ファラくんは頭を抱え、クラクラと頭を震えていた。


「ファラくん?武術学院って?」


「あ、言ってなかったね」


「王国武術学院テンホウっていうのはね、僕の国で作った場所なんだよ。将来有望な子達を育成する場…っていうのを掲げてね」


ファラくんは少し含みのある言い方をした。


「なんでそんな言い方なの?」


「あーえっとねぇ…」


ファラくんが考え込んでいる時、アイリズちゃんが横から説明をしてくれた


「近頃、主様によって勇者の転移が予言されたので、それに対応出来るように冒険者候補生を育成しているのです」


「え?なんで?」


アイリズちゃんの説明に続けてファラくんが説明をしてくれた


「ほら、勇者と魔王の性質ってあったでしょ?」


「あー…それで…」


そういえば…リヴァルセリムでもその事で話してたね…


「あとは、未来の冒険者達の実力向上も兼ねてだね」


「そうなの…」


勇者が召喚…かぁ…


「まぁ、さっきの続きにもなるけど、戦争は起きない方がいいよねぇ〜、その予防線みたいなもんだからさ、これは」


「さぁ!対する戦士は〜!この人だ!」


シルフィムの声がまた響き渡る。


「おっ、来た来た」


ファラはまた舞台に目をやる。


私も同じように舞台に目を向けた。


すると、静寂の中、門からコツコツと足音を鳴らし、ゆっくりと女性が歩いてくる


門から現れたその女は──異様なまでに美しかった。

白髪、紫眼。血を思わせる光を宿した装飾の黒ドレス。

頭蓋骨や眼球を模したアクセサリーが揺れ、観客は息を呑んだ。


──喉がひゅっと鳴った。

視界が一瞬だけ狭くなった気がする。


「──はっ?え?」


「嘘でしょ?」


「あはは…そういえばミュウは嫌いだったね」


私はその女を見た時、信じれなかった。

というより信じたくなかったし、出来れば会いたくなかった。

ただ、確信してしまった。

あまりにグロテスクな装飾品、黒一色に混ざる赤のゴシックドレス、そしてあの目の色。

あのような物を好み、ずっとおちゃらけていて、男女関係なく口説こうとして、気分が悪くなるほどの気配を醸し出して、掴みどころのない霞のような存在。


「なんでいるの…?」


「あの性悪女……」


「別国より御来訪!百貌か無貌か!その美貌を武器とするか!ラトーニャ!!」


その女はこちらをチラリと見て、不気味な笑顔を向けた。


ファラくんも少し呆れた声で話す


「まぁ、呼んでないし誘ってもないのに、無法に色んな世界に遊びに来て、好き放題荒らしていくのがあの神だから…」


「…まぁ、いつもの事だけど、ほんと混沌って厄介だよね、もう慣れちゃった自分が怖いよ」


私は、自然と、舞台に立った彼女の名を呟いていた。






















「這いよる混沌……ナイアルラトホテップ…」

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