第5話 猫の社会的行動における個体間距離の研究

そして大学生の今。22歳、(転学したので)3年生。


美久は動物行動学を専攻していた。もちろん、猫のことをもっと知りたいから。成績は優秀。特に猫科動物に関する分野では、教授も舌を巻くほどの知識量を誇っていた。


「相沢さんの『猫の社会的行動における個体間距離の研究』、大変興味深く読ませてもらいました」


ゼミの指導教授——60代の温厚な動物学者——が、レポートを手に微笑んだ。


「ありがとうございます」


「特に、人間との距離に関する考察が秀逸でしたね。まるで実体験に基づいているような...」


教授の鋭い観察眼に、美久は苦笑した。


授業では誰よりも真剣にノートを取る。『動物行動学ノート』と名付けられた分厚いファイルは、すでに3冊目に突入していた。


今日の講義内容:


・猫の社会性について、重要な点は個体差が大きいこと ・単独行動を好むが、実は複雑な社会的ネットワークを持つ ・個体識別能力が高く、人間の顔も覚える(最新研究では、写真でも識別可能) ・鳴き声は主に人間とのコミュニケーション用に発達 ・瞬きは親愛の証(※重要!ゆっくりとした瞬き=猫のキス)


実習の時間は、美久にとって天国であり地獄でもあった。


大学で飼育されている実験用の猫たち——もちろん、愛情を持って大切に育てられている——と接する機会。他の学生たちは直接触れ合えるが、美久だけは例外なくガラス越しの観察となる。


「相沢さん、申し訳ないけど...」


助手が言いにくそうに告げる。もう、この光景にも慣れた。


「大丈夫です、観察だけでも勉強になります!」


でも、その観察眼は誰よりも鋭かった。


「ミケの左前足の歩き方が少し変です。爪が伸びすぎているか、肉球に小さな傷があるかもしれません」


「クロの排泄回数が昨日より2回多いです。水分摂取量を確認した方が...」


「トラは新しい学生に対して警戒心を示していますが、それは過去のトラウマに起因する可能性が...」


教授は、美久の観察力に個別の課題を出すようになった。


「君は観察眼が鋭い。その才能を活かして、猫の行動を詳細に記録してみなさい。将来、必ず役に立つ」


それから美久は、誰よりも詳細な観察記録を提出するようになった。1匹の猫につき、1日10ページ以上。行動パターン、表情の変化、他個体との関係性、すべてを克明に記録した。

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