追放されたコミュ障錬金術師は、崇拝するヤンデレ聖女様の過剰な愛情に気づかない

@123te

第1話

「カイ。お前は今日限りでパーティーを追放だ」


 勇者アレスが、まるで道端の石ころを蹴り飛ばすかのように、そう言い放った。

 彼の金色の髪が、夕日を浴びてキラキラと輝いている。神々しいまでのその姿とは裏腹に、俺を見下すその瞳は、凍えるほどに冷たかった。


「え……?」


 間抜けな声が出た。いや、だって、あまりにも突然すぎる。

 俺は勇者パーティー『太陽の剣』で、錬金術師としてポーションの作製や、補助魔法による支援を担当してきた。この三年間、寝る間も惜しんで貢献してきたつもりだ。……つもり、なだけで、結局は自己満足だったのかもしれない。


「ど、して……ですか?俺、何か……」

「わからないのか?本気で言っているのか?」


 アレスは、心底呆れたというように、これみよがしにため息をついた。彼の隣に立つ、魔法使いのリーナも、戦士のゴードンも、冷ややかな視線を俺に突き刺すだけだ。誰も、助け舟を出してはくれない。


「第一に、お前の作るポーションだ!なんだあの色は!沼のヘドロみたいな緑色だったり、血反吐みたいな赤黒い色だったり!味もひどいと聞く!あんなものを飲まされるこちらの身にもなれ!」

「そ、それは……効果を最大限に高めるために、希少な薬草を調合すると、どうしても……」

「言い訳は聞きたくない!見た目が不快なんだ!士気が下がる!」


 うっ……。確かに、俺の作るポーションは見た目が壊滅的だ。自分でもそう思う。時々、謎の眼球のようなものが浮かんでいることだってある。でも、効果は……効果だけは、保証できるはずなのに。


「第二に、お前の補助魔法だ!ブツブツと何を呟いているのかと思えば、まるで呪詛じゃないか!味方の強化魔法をかけるのに、どうしてそんな不気味な詠唱になるんだ!」

「あれは……古代語の詠唱で、その、発音が……」

「知るか!とにかく気味が悪い!」


 ぐうの音も出ない。俺は昔から極度のコミュ障で、人と話すのが苦手だ。詠唱も、自信のなさから、どうしても小声で早口になってしまう。それが、彼らには不気味な呪いの言葉に聞こえていたらしい。


 ああ、そうか。

 全部、俺が悪いんじゃないか。

 もっと見た目の良いポーションを作れるように努力すればよかった。もっとハキハキと、英雄譚の魔法使いみたいに、格好良く詠唱できればよかったんだ。


 急に、全身から力が抜けていく。

 ああ、俺は、無能だったんだ。

 ずっと、パーティーのお荷物だったんだ。それに気づかずに、三年間もぶら下がって……。


「……すみません、でした」


 俺の口からこぼれ出たのは、謝罪の言葉だけだった。

 アレスは「わかればいいんだ」と鼻を鳴らし、懐から金貨が数枚入った小さな袋を投げ渡してきた。餞別、ということらしい。


「じゃあな、カイ。せいぜい、どこかの田舎で薬草でも摘んで暮らすんだな」


 彼らは一度も振り返ることなく、去っていく。夕日に照らされたその背中は、まるで輝かしい未来そのものに見えた。俺とは違う、本当の英雄たちの姿。


 一人、その場に取り残される。

 夕暮れの風が、やけに冷たく感じた。

 これから、どうしよう。錬金術師ギルドに戻っても、勇者パーティーを追放されたなんて知られたら、まともな仕事はもらえないだろう。……というか、俺なんかに、まともな仕事がこなせるわけがない。


「……静かなところで、暮らそうかな」


 誰にも迷惑をかけないように。俺みたいな無能な人間は、人里離れた場所で、ひっそりと息を潜めて生きていくのがお似合いだ。幸い、ポーション作りの知識はある。自分の分くらいなら、なんとか……。


 そう決めて、一番近くの街ではなく、真逆の方向……誰も行きたがらないと言われる『ため息の森』の方へ、とぼとぼと歩き出した。

 どれくらい歩いただろうか。完全に陽が落ちて、あたりが深い藍色に包まれた頃。


「――カイ様」


 不意に、背後から鈴を転がすような、美しい声が聞こえた。

 聞き間違えるはずがない。この三年間、毎日聞いてきた声だ。パーティーの回復と支援を一手に担う、聖女セシリア様の声。


 なんで、彼女がここに?

 忘れ物でも、届けに来てくれたのだろうか。

 だとしたら、申し訳ない。最後まで迷惑をかけてしまうなんて。


「セシリア様……?どうして……」


 振り返った俺は、言葉を失った。

 そこに立っていたのは、紛れもなく聖女セシリア様だった。純白のローブに、月光を反射して輝くプラチナブロンドの髪。慈愛に満ちた微笑みを浮かべるその姿は、まるで絵画から抜け出してきた女神のようだ。

 ……ただ、一点を除いては。


 その、表情。

 口元は完璧な弧を描いているのに、紫水晶のような瞳だけが、全く笑っていない。いや、笑っていないどころか、得体のしれない熱を帯びて、ギラギラと輝いているように見える。


「カイ様。探しましたわ」

「え、あ、はい。すみません、何か……」


 セシリア様は、こてん、と可愛らしく首を傾げた。その仕草に、思わず心臓が跳ねる。……が、次の瞬間、俺は自分の目を疑った。


 彼女は、純白のローブに全く似つかわしくないものを、両手にぶら下げていた。

 ごつり、と鈍い音を立てて揺れる、鉄製の枷と、やたらと長い鎖。


「……あの、セシリア様?そ、それは……?」

「ああ、これですか?」


 彼女は、うふふ、と上品に笑った。その笑い声が、なぜか森の奥に不気味に響く。


「カイ様が、どこか遠くへ行ってしまわれないように。これからは私が、ずっと、ずぅっと、お側でお守りいたしますわ。ええ、二人きりで……永遠に」


 え……?

 何言ってるの、この人。

 というか、目が怖い。すごく怖い。


 俺はまだ、この時、全く理解していなかった。

 俺が追放されたことを知った彼女が、勇者アレスを半殺しにしてパーティーを抜け出し、俺の匂いを追ってここまで来たこと。

 そして彼女が、俺の作る泥水ポーションを『聖なる雫』と呼び、俺の呪詛詠唱を『神の福音』と信じて疑わない、世界で唯一の、そして最も狂信的な崇拝者であることを。


 俺の望んだ平穏なスローライフが、開始数時間で、最も厄介な形で終わりを告げようとしていることに、この時の俺は、気づくよしもなかったのである。

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