第27話 枢機卿

 ようやく朝になり、目を覚ましたロッカはこれ以上ないほど顔を赤くした。


「き、昨日はごめんなさい……。あの、わたし……そんなつもりじゃっ……」

 

 どうやら自分のした事を忘れている、なんてことはないらしい。


「ああ、わかってるよ。昨日のアレは薬のせいだ……そうだろ?」

「そ、そうですけどっ! いや、でもそうじゃないっていうか……」


 なんだかはっきりしないな。

 まあ昨日、すんでのところで間違いを犯さなくて良かった。

 あれだけ発情していたロッカを前にして、キスだけでこらえた自分を褒めてやりたい。

 もし最後までしていたら、二人の関係が変わっていたかもしれないしな。

 

「つかぬことを聞くが……もしかしてはじめてだったのか?」

「ち、ちょっと……ヴェインさんってばデリカシーがなさすぎますっ!」

「す、すまん」


 どうしても気になってしまったんだから、仕方がないだろう。

 なんだか微妙な空気になってしまったので、誤魔化すように立ち上がると伸びをする。


「……しょ」

「え、なんだって?」

「はじめてに決まってるでしょっ!」


 頬を膨らませてそう言うと、ロッカは枕を投げつけてきた。

 ぽふっという柔らかな感触を顔で受け止める。

 

「いてっ」

 

 はじめてか⋯⋯なんだか嬉しいな、なんて口にしたらロッカは怒るだろうか。

 小さい頃からほとんど異性と関わったことがない俺は、女の子の機微を読み取るのが苦手だ。

 同じパーティで長い事一緒にいたウィン=ルゥは超がつくほど年上だったしな。


「ヴェインさんってば、なんでニヤけてるんですかっ!」

「え? えっと嬉し……いや、何でも無い」


 やっぱりここは伝えないでおこう。きっとその方がいい。

 沈黙はゴールドってやつだ。


 

「なるほどですね……」


 宿の食堂で朝食を摂りながら昨日得た情報を伝える。


「だから昨日はお酒の匂いがしたんですね……あっ、ちがっ、今のは違いますからね!? 思い出したわけじゃないですから!」

「そ、そうか……」


 ほら、男女の関係になるとこうやって微妙な感じになる。

 男女混成パーティが難しいっていわれるゆえんだ。

 ま、キスのことを男女の関係というのかはよく分からないが。


「おほん。ということで、今日は枢機卿の一人を訪ねてみようと思う」

「また昨日みたいに門前払いされるんじゃないですか?」

「いやそれがモルダー枢機卿って人は変わり者らしくてな……」


 

 ということで、食事を終えた俺たちは冒険者ギルドへ向かう。


「本当に枢機卿が冒険者をやっているんですか?」

「ああ、なんでもこっちでは有名らしいぞ」


 着いて早々、カウンターの受付嬢に「モルダー枢機卿に会いたい」と告げると、受付嬢は露骨に嫌そうな顔をする。


「ええと……あの人に、ですか?」

「ああ。冒険者として活動していると聞いたんだが」

「まあ確かに冒険者登録はされていますが……問題がある人なので、他の冒険者の皆さんは避けているんですよね」


 そう言って肩をすくめると、受付嬢は小さくため息をつき、ギルド奥の酒場を指差した。


「今日も来てますよ。……あそこに、ほら」


 視線を向けると、派手な金糸の法衣をまとった男が酒場のテーブル席に腰掛けていた。

 枢機卿という立場にしてはかなり若いと思える見た目だ。

 ただその姿勢はぐでんと崩れていて、テーブルには空のジョッキが3つも並んでいる。


「……変わり者っていうより、ただの飲んだくれじゃないか? まだ昼前だぞ⋯⋯」

「あの感じで枢機卿っていうんですから近寄りがたいでしょう?」


 受付嬢の皮肉混じりの声に俺は小さくうなずく。

 ロッカはといえば、あからさまに眉をひそめていた。


「本当にあの人が教会の偉い方なんですか? なんだか不安になってきました」

「うーん、とりあえず話をしてみてみよう」


 俺たちは男のもとへ歩み寄った。

 近づくにつれ、酒臭さが鼻を突く。

 背後の気配に気付いたのか、こちらを一瞥することもなく声をかけてくる。


「……お迎えか? 説教は御免だぞ。オレは聖職者である前に冒険者であり自由人なんだからな……ふぁあ」


 心底勘弁してくれ、というようなあくび交じりの声。

 ロッカじゃないが、俺も本当にこの男が偉い奴なのか不安になってきた。


「あんたはモルダー⋯⋯枢機卿でいいのか?」

「……おや。神殿からのお迎えじゃなかったのか。何の用だ?」


 枢機卿は手にしたジョッキを傾けてわざとらしく口元を拭うと、首を傾けてこちらを見た。

 その視線の鋭さを見れば、やはりただの酔っ払いではないということが分かる。

  

「ちょっとティアローズという女について聞きたいんだが」


 その名を出した瞬間、モルダーの眉根に皺が寄る。

 それは嫌悪というか、醜悪なものを見たときの反応といった感じだ。


「はぁ、悪いが俺はどこの派閥にも属するつもりはない。お誘い頂き光栄だ、さようなら」


 モルダーは手をひらひらと振ると、こちらに興味を失くしたようにつまみの煎り豆を口に放り込む。


「な、なんか嫌な感じですね……」

「どうやら俺たちをどっかの派閥とやらの手先と勘違いしているようだ」


 とりあえず勘違いされたままじゃ話もできない。

 俺は彼の正面へ回って、空いている椅子にどかりと腰を降ろす。

 いきなり不躾な態度をとった俺を睨みつけながら、モルダーはジョッキの中身を煽った。

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