第22話 いつものバルでいつものを
教会を出ると、外の空気がやけに冷たく感じる。
胸の奥に重い石でも沈んでいるようだった。
ティアが無理やり連れ去られたという事実が、じわじわと現実味を帯びてくる。
ティアが大司教の孫で、王都へ連れ戻されたっていうのは事実なんだろう。
だけど本人がそれに納得していないなら……やっぱり見過ごすわけにはいかない。
「ヴェインさん」
「分かってる……行くぞ、王都へ」
俺が言うと、ロッカは口を引き結んで強くうなずいた。
「俺は旅に必要なものを買ってくるから、ロッカは宿を引き払っておいてくれるか?」
「分かりました!」
「じゃあギルド前で落ち合おう」
ロッカと別れると、俺はさっそく旅に必要なものの準備に取り掛かる。
まずは素材屋に戻って、オヤジからありったけのクズ魔石を出してもらった。
「おいおい、無料にしたからってさっそく全部持ってくのか」
「こんなの買うやつは俺しかいないだろ」
「はは、バレてたか」
ついでにしばらく街を離れると伝えて店を出る。
次は雑貨屋へ行って、その後はある程度の食料も調達しないとな。
俺は陽が傾きつつある街を駆け回った。
「悪い、待たせたな」
ギルド前へ着くと、ロッカが冒険者たちに絡まれていた。
「あ、ヴェインさんっ!」
「ヴェイン? ちっ、あいつのツレかよ」
「ああ、A級パーティをクビになった奴か」
「足を引っ張ってるだけで大したことないってダズがいつも愚痴ってたよな」
はぁ、好き勝手いってくれる。
ちょっと痛い目を見せてやったほうがいいか。
「いい加減にしてくださいっ! ヴェインさんは大したことある人なんですから!」
ロッカは腰に手を当てて、口を尖らせる。
どうやら相当おかんむりのようだ。
だけどその妙な言葉の使い方はあっているんだろうか。
だけど俺の代わりにロッカが怒ってくれたから、苛立ちがスッキリと霧散してしまった。
「何ニヤついてやがんだ。どうせ俺たちB級パーティにビビってんだろ?」
「ロッカ、行こうか」
「はいっ! でも言われっぱなしでいいんですか?」
「バカの相手してる時間はないしなあ……」
そういいながら腰から魔銃を抜く。
流れるように封術した魔石を銃に込めると、奴らの足元に撃ち込んだ。
「バカだと? おい、待て……うおっ!?」
「どうした……あぁっ!」
俺が使ったのはいつもの《泥濘》だ。
石畳がぐずりと溶け、やつらの足を呑み込んでいく。
ただ魔術を封じる時に魔法陣を使って細かく効果を制御しておいた。
奴らが慌てて抜け出そうとした瞬間——仕掛けておいた時間差の効果が発動し、泥は硬い石に戻った。
「ぐっ……!? 足が……抜けねぇ!」
足首から下が石に噛まれたように、奴らは身動きが取れなくなっている。
俺は銃口を軽く傾けて、わざとらしく肩をすくめた。
「怖かったもんで近づいてこれないようにしといたぜ。いやぁ、コワカッタナー」
「ふふ、怖かったですねっ!」
奴らはいきり立ってこちらへ向かってこようとしたが、揃って尻もちをつく。
その拍子に何人かが足を捻ったようで、悲痛な声を上げた。
「やっぱりヴェインさんは大したことありましたね!」
「なあロッカ、その言葉の使い方なんだけどさ……」
俺たちは男たちの叫びを背中に浴びながらその場を離れた。
「よし、こいつでいいかな」
「いいんじゃないですか……たぶん」
「本当に分かってるか?」
俺たちはギルドを離れると、街の門からほど近い場所にある厩舎へ来ていた。
この時間から都合よく王都へ向かう馬車はないだろうから、移動のために馬を借りるのだ。
「分からないですよ、乗ったことないですし」
「そうか、じゃあ二人乗りになるか。となるとこっちの方がいいかな」
「ヴェインさんと二人乗りかぁ……」
大きめでしっかりした体躯の馬を選ぶと、
「この栗毛を貸してくれ」
「ああ、そいつなら20万だ」
ポーチから金を出して渡すと、親父は頷いて栗毛を引っ張っていった。
向こうで鞍や手綱などの馬装具を付けてくれるのだろう。
「馬を借りるのって随分と高いんですね……」
「いや、九割は返した時に戻って来るんだ。保証ってやつだな」
「なるほど……つまり実際は2万リルってことですか」
ロッカは納得したように、手を打った。
ただ道中の餌代なんかもこっち持ちだからもう少し金はかかる。
魔鉄鋼を売ったおかげで懐は温かいから良かったぜ。
「返却前に死なせたり、怪我させたりしたら金は返せないから注意しろよ」
「ああ、分かっている」
そう答えると、俺は
「さぁロッカも」
馬上から手を伸ばすと、ロッカを引っ張りあげた。
少し悩んでから俺の前に座らせると、後ろから片手で体を支える。
「随分と軽いな、もう少し食べた方がいいぞ」
「戻ってきたら三人でいつものバルに行きましょう! その時はチーズベーコンポテトを三皿食べちゃいますからね!」
「はは、そうだな。そうしよう」
栗毛の馬に乗って、街を出ようとしたところで衛兵のおっさんが声をかけてきた。
「ヴェインが馬に乗るなんて珍しいな」
「ああ、ちょっと遠出するんだ」
「こんな時間からか?」
確かに街はオレンジに染まり、門の影が長く伸びはじめている。
こんな時間から遠出するなんて、あまり頭のいい行動ではない。
そんなことは百も承知だ。
「それでも行かないといけないんだ」
「そうか……気をつけろよ。嬢ちゃんもな」
「ありがとうございます、おじちゃんっ!」
ロッカの言葉に頬を緩めて手を振るおっさんに、頷きを返してリーンベルを出た。
夕暮れの冷たい風を切りながら、蹄の音だけが静寂を破って響く。
俺たちの前に広がるのは、王都への長い道のりだ。
「絶対にティアローズさんを取り返しましょうね、ヴェインさん!」
「ああ、そのために行くんだからな」
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