第14話 いざダンジョンへ

 目の前の石造りの階段は、まるで俺たちを飲み込もうとするかのように口を開けていた。

 地上の陽光は届かず、黒くぽっかりと開いた穴からは、ひんやり湿った空気が流れ出してくる。

 階段を降りてダンジョンに足を踏み入れると、埃とカビの混じったような匂いがした。


「ちょっと待ってろよ」


 俺は光の魔術を封じてある魔石を腰に括りつけた。

 光に照らされたダンジョン内部は、苔むしてはいるものの、大きな劣化はなくまるで古代の建物のようだ。


「何が出てくるか分からない、気をつけろよ」


 二人に注意を促すと、魔銃マギシューターを握りしめて細長い通路を進んでいく。


「……ダンジョンって、もっとこう、ワクワクするものだと思ってました」


 ロッカが俺の外套の裾をきゅっと握りしめながらつぶやく。


「怖いのか?」

「こ、怖いわけじゃないですけどっ! ただ……ちょっと背中がぞぞっと!」

「それは怖い時の反応だろ」


 俺が苦笑すると、後ろでティアが腕を組んで偉そうに言った。

 

「ロッカちゃんてば、やっぱりまだまだ子供ね」

「ティア、お前も足が震えてるぞ」

「こ、これは冷気のせいですから!」


 そんなしょうもないやり取りをしながら、俺たちはダンジョンを進んでいく。

 壁には古代文字のような文様が彫られていて、薄く光を放っていた。


「この光る壁、きれいですねぇ……あっ」

 

 よそ見をしていたロッカが床のヌメリに足を滑らせ、前にいた俺へと思いっきり抱きついてくる。

 背中越しの柔らかすぎる感触におかしくなりそうだ。


「すみません。ヴェインさん、大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だ」

「あーっ、師匠ニヤついてるじゃないですか!」

 

 ティアが半笑いでそんなことをいうもんだから、慌てて口を引き結んだ。

 

「どこがニヤついてるんだ?」

「うわー、封術は凄いですけど誤魔化すのは下手なんですね」

「うるせぇ!」


 

 入口から続いていた細い通路を抜けると、天井が高く開放感のある広い空間に出た。

 その途端、上から黒い影がばさりと降ってくる。


「魔物っ!?」


 ロッカの声が響いた。

 どうやら翼を広げたコウモリ型の魔物のようだ。

 サイズは人間の胴ほどで、数は五匹か。

 揃って頭が痛くなりそうな奇声を上げながら、鋭い牙を剥き出しに迫ってくる。


「下がってろ!」

 

 腰のポーチから雷の魔術が封じられている魔石を取り出し、即座に装填。

 引き金を引くと、ほとばしる閃光とともに弾が放たれ一匹の翼を撃ち抜く。

 そこから連鎖的に近くの二匹へも電撃が伝播していった。

 落ちた三匹は黒焦げになって煙を上げている。

 

「さすが師匠です!」

「まだあと二匹いるから気を抜くな」


 俺がコウモリを撃ち落としたその横では、ロッカが何やらいくつかの素材を握り込んだ。


「二人とも、目を閉じて耳を塞いでくださいっ!」


 そんな叫びとともに放り投げられた物体が地面に落ちると、突如強い光と爆音が鳴り響く。

 耳を塞いでいても失神しそうになるほどの音だ。

 至近距離でそれを食らったコウモリたちは揃って地面に落ち、ピクピクと痙攣している。


「おい、こんなダンジョンの中で爆発物は危険じゃないか?」

「いえ、あれはわたしが考案した光と音だけの爆弾ですよっ! 名付けて閃光手榴弾フラッシュバンです」


 なるほど、つまり爆発したわけではないのか。

 それなら狭い場所で使っても崩落の心配はないな。

 

「ふふん、どうです?」

「さすが相棒だ」


 俺はそういって頭を撫でると、ロッカはちょっと不機嫌そうな顔をした。

 しまった、子供扱いされたと思わせちまったか。

 戦闘が終わりほっと息をつくと、壁際でロッカが歓声を上げた。


「ああっ! これは……」


 彼女の目線の先には薄青色に光る鉱石が、むき出しの石壁に埋まっている。

 もしかしてあれがエコーライトなのか?

 俺は欠片を削り取って、爪でこすった。


「なんだ……これはただのルミナ鉱じゃないか」

「ええ。でも前にエコーライトを見つけたときも近くでこの鉱石が見つかったので」

「じゃあ近くにある可能性があるってことか」

 

 こくりと首肯を返すロッカ。


「それじゃ先に進むか……っと、その前に」


 俺は地面に落ちたコウモリどもの命ともいえる魔石を頂く。

 小ぶりだが、質がいい。

 そんな作業をしている俺に、ロッカが近づいてくる。


「その魔石は魔銃の弾にするんですか?」

「いや、そんな勿体ないことはしないぞ。普段弾にしているのは魔石商から買い漁ったクズ魔石だしな」

「クズ魔石って中身の魔力を使い終わった空の魔石のことですよね?」

「ああ、他に使い道がないから安く買えるんだ。それに新しく魔力を封じりゃ再利用できる」


 まあそんなことができる封術士はそういないだろうけど。

 ただ魔力が残っている魔石に封術をすると威力が高くなりすぎて、逆に危ないんだよな。

 

「さすが、師匠は簡単に言いますねぇ……」


 呆れたようにティアが肩をすくめた。

 改めて奥の通路へ足を踏み入れると三方向に分岐している。


「ロッカ、どっちへいく? ここは魔工技士マギクラフターの勘を信じるぞ」

「ううん、そうですね……それじゃ、右で」

「分かった」


 俺は新しくクズ魔石に光の魔術を封じると、すぐにそれを砕いた。


「ティアは分かれ道があったらこの欠片を地面に落としてくれ。帰り道で迷わないよう道標になるからな」

「なるほど、さすが師匠! いいアイデアです」


 ティアは魔石の欠片を受け取ると、早速ひと欠片を地面に落とした。

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