第2話 命の燃やしどころ
俺は街道を避けるように、人気のない森の中を歩いていた。
二人がオーガ掃討から戻ってくるのを待たず飛び出してきてしまったが、仕方ないだろ。
ジンガとウィン=ルゥも俺のクビに賛成している、なんて聞かされちゃったらな。
「はあ、昨日の夜営の時はあんなに楽しそうにしていたのに……」
クビにすると決まっていたのに笑いながら火を囲んでいたのかと思うと、なんだか騙されたような気分だった。
しばらく顔も合わせたくなくて、情けないことにこうしてあいつらの帰り道を避けて暗い森を歩いているわけだ。
「はあ、ほんと情けねえよ」
さっきからため息が止まらない。
これでも俺は封術士としてみんなの役に立っていると思っていた。
ジンガの剣には炎の魔術を封じて魔法剣にしたし、ウィン=ルゥの靴に風の魔力を封じて飛び回れるようにだってした。
魔力を放出できなくても、そういう支援で十分に貢献してきたつもりだ。
それに魔力が乏しいダズのため、クズ魔石に魔術を封じるという手段を思いついたのも俺。
微量の魔力で喚起するだけで使える使い捨て魔法なんて、画期的だと思ったんだが。
しかし俺以外にあんな細かい作業ができる変態封術士がいるとはな。
「くそッ……!」
落ちていた石を力任せに蹴飛ばすと、どこかでライバードの鳴き声がした。
やっぱり努力を認められてなかったのは、悔しくて、やるせない。
でも俺は冒険者だ。俯いてばかりじゃいられない、切り替えて前を向かないと。
「よし、街に戻ったら支援職の俺を入れてくれるパーティを探して——ん、なんだ?」
今、森の奥から何か聞こえた気がする。
人の声のような……。
「きゃあぁぁっ!」
今度ははっきりと聞こえた。女性の叫び声だ。
慌てて声がした方へ走り出すと、すぐにぽっかりと拓けた場所に出た。
そこにいたのは涎をたらした
「わ、わわ、わたしは食べても美味しくありませんからぁ!」
そう叫びながら、頭を地面に擦り付けて拝み倒している。
そんなものが通用する相手じゃないのは見りゃ分かるだろう。
「そもそも、なんでこんなところに脅威度Aの魔物がいるんだよ」
巨大な豹の威圧感に思わず腰が引けそうになったが、小さく震える少女の姿を見て奥歯を噛みしめる。
「さすがに見捨てるわけにはいかねえ」
助けると決めたらすぐに行動だ。
俺は足元の石を拾うと、黒い豹の脇腹に思い切り投げつけた。
「ゴォアァ゙ッ!」
目の前の
俺はその隙に素早く駆け、少女の前に躍り出る。
「おい、立てるか?」
腰の革ベルトに差してある解体用ナイフを抜きながら聞いた。
武器としてはなまくら以下だが、素手よりはマシだ。
「は、はいぃっ!」
少女は慌てて頭を上げると、跳ねるように起き上がる。
ちらりと横目で見る限り、服こそ破れて半裸状態だが、大きな怪我はないようだ。
「よかった、じゃあ走るぞ!」
「じ、実はさっき足をひねってしまって……無理そうですぅ」
少女は涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら首を振る。
「まじかよ……」
震える手でナイフを握る俺を、怒りの目で睨みつける森林豹。
今は突然の乱入者の登場で様子を窺っているようだが、いつ飛びかかってきてもおかしくない。
「あいつの相手をするのはさすがに荷が重いな」
身のこなしだけならそれなりの自信はあるが、脅威度Aの魔物を倒せるほどの攻撃力はない。
そう自分の実力を理解しているからこそ、本当はすぐにでもこの場から逃げ出したかった。
でも……それでも、この子を見捨てるわけには——。
「くそ、やるしかねえっ!」
昔、死ぬとわかっていても俺のために立ち上がってくれた人がいた。
だから俺はこうして生きているんだ。
憧れたあの人の生き様は、まだこの目に焼き付いている。
真似事かもしれない、無意味かもしれない。
だけど、あの日救ってもらった命……ここが燃やしどころだろっ!
「うおぉぉぉぉっ!」
地面を蹴って、飛び出す。
腰だめに構えたナイフを一気に森林豹の顔面へ突き刺——。
「あ」
瞬きもせず、避けもしなかったのは、その必要がなかったからだろう。
その証拠に、奴の額に突き刺したはずのナイフはぐにゃりとひん曲がっている。
「……やっぱあの人みたいにはなれなかったか」
俺にとって唯一の武器がなくなった。そうなればもうお手上げだ。
曲がったナイフを地面へ放り投げて両手を上げると、森林豹は勝ち誇ったような顔して牙を剥く。
そのまま大きな口を開けて——痛みを覚悟をした瞬間、背後から破裂音が聞こえた。
「グォオッ⁉︎」
森林豹はその瞬間、素早く後退し距離を取った。
その頬からはわずかに血が滲んでいる。
思わず振り返ると、少女が震える手で握った何かを豹に向けていた。
続けてもう一度破裂音が響くと、森林豹は不気味なくらいあっさりと森の中へ消えていく。
彼女が持つ妙な武器に恐れをなしたか、それとも——。
なんにしても助けに入ったはずが逆に助けられるとは……やっぱり情けねえな、俺。
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