41.ぜんぶ尻尾のせいだ
白いドラゴンが背を向けた。
ゆっくりと、だけど着実に山を下りていく。
あたりまえだ。
どれだけ攻撃しても手応えはなく、反撃をする素振りすら見せない相手を敵とは呼ばない。僕がドラゴンだったとしても、そんなヤツは無視する。
硬質化が解けた瞬間、全身に神経が行き届くように感覚が戻る。
僕は大きく息を吸い込み、白いドラゴンの後を追うため、身体にぐっと力を入れて跳ねた。
……なんだ、これ?
地面に着地した瞬間、なにかがいつもと違う気がした。
身体の感覚。いや、弾力が違うんだ。
これまでのスライムは跳ねる度にペタンと地面に落ちて、もう一度跳ぶのにはぐっと身体に力を入れる必要があった。
だけど、このハードスライムの身体は……ゴムボールのように跳ねる。
身体を伸ばしてみると、今までよりも身体が重い。というか、硬い。
弾力。ゴムボール。硬い。
僕は周囲を見渡して、一つの作戦を思いついた。
(これならきっと、あのバケモノに一泡吹かせられるぞ)
心の中でほくそ笑むと、さっそく僕は自分の身体を木に巻きつけはじめた。
粘体を細く伸ばし、樹皮に吸いつくように絡ませる。
一巻き、二巻き。
ここが簡単に外れてしまったらやり直しになる。
かといって、あまり巻きすぎて外れなかったら作戦失敗だ。
慎重に、かつ素早く身体を巻きつける。
一本目を固定すると、身体を引き延ばして次の木へと向かう。
地面を這うたび、ズルズルと砂や草葉を引きずる音がする。
まさかドラゴンの耳にまで届くとは思えないけど、なるべく音を立てないよう慎重に身体を運んでいった。
次の木にも身体を一巻き、二巻き。
身体が左右から引っ張られている感覚に、僕は作戦が順調に進んでいることを確信した。
さあ、難関はこのあとだ。
左右を固定した状態で、身体の中央部を少しずつ動かしていく。
白いドラゴンが向かう先とは反対側へ、ほふく前進するようにじわじわと地面を這っていく。
目的地はそう遠くない。
そのはずだが、想定以上に引っ張られる力が強い。
少しでも気を抜いたら、逆方向に身体を持っていかれそうになる。
(まだだ。絶対に、アイツに一撃を喰らわせてやるんだ)
力の差は歴然。
モンスターに変身する力なんて、ほとんど役になんか立たない。
それでも僕なりに頑張ったし、多少の時間稼ぎくらいはできた。
もう十分なんじゃないか。
なにもこれ以上、危険なことをする必要はないんじゃないか。
だいたい、この作戦は本当に成功するのか。
机上の空論なんか、どうせ失敗するぞ。
そんな気持ちがないとは言わない。
だけど、
『やってみる前から諦めるのかい?』
『私だけじゃダメなんだ。助けてくれないか?』
カルナの言葉が僕の弱い心を押し留める。
こんな僕を、まだ『神の子』だと言ってくれた、彼の信頼に応えたい。
『エリシアを助けるのは君だよ』
そうだ。このまま白いドラゴンを街に向かわせたら、エリシアが巻き込まれてしまうかもしれない。
彼女を守れるのは――僕しかいないんだ!
身体を前に進めるほどに、張り詰めた弾力が全身を軋ませる。
上から見たらきっと、パチンコのゴムを限界まで引っ張っているように見えるんじゃないだろうか。
全力で身体を前に出し、低い位置で幹が折れた木に身体を引っ掛ける。
これはさっき、白いドラゴンが尻尾で薙ぎ払った木の一本だ。
そして、この場所こそが目的地。
その幹の裂け目に体の一部を差し込む。
身体を少し伸ばして固定すると、左右の木に引き絞られた“弦”のようになった。
白いドラゴンの背は、まだそれほど離れていない。
大きさの割りに遅い。生きてきた時が長いと、動きも緩やかになるのだろうか。
僕はゆっくりと幹の裂けめに伸ばしている身体を引っ込めていく。
二本の木から引っ張られる力が少しずつ強くなっていくのを感じる。
真っすぐ飛べば白いドラゴンに辿り着けるよう、方向を微調整していく。
じっくりと照準を合わせ、ここというタイミングで幹の裂けめにかけていた力を一気に緩めた。
ビュウと音を立てて、僕の身体が飛んだ。
この場合、『跳ぶ』ではなく『飛ぶ』が正しいだろう。
反発する力によって押し出された粘体の身体が、音速のような勢いで山の空気を切り裂いていく。
景色が後ろに飛んでいき、すべてが線のように流れて見えた。
白い巨体がみるみるうちに近づいてくる。
(ここだ! 硬質化!)
三日月のようにしなった身体が、アビリティによって凍りつくように固まり、超硬度の鋭い刃となった。
白いドラゴンに踏むつけられても、尻尾で打ち据えられても、爪で引っ掻かれても、一切の傷を負わないほど硬質な刃。
三日月の刃は、一直線に白いドラゴンの鱗へと迫る。
闇魔法で生み出した刃ですら、傷一つ付けられなかった鱗。
三日月の刃がぶつかると同時に、青白い火花が散る。
金属と金属がぶつかったような甲高い音が響いた。
次の瞬間、鮮血が舞った。
幾星霜ぶりに感じる“痛み”と“屈辱”。
それに呼応するように、巨竜の咆哮が空を震わせた。
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