28.ぜんぶリスのせいだ


 探索の準備を整え、村の前に集まっている5人の神殿騎士のおじさん達。

 近くに置いてある木製の荷車に寄りかかっている。


「このカルナ=ヴェリスが、だってよ」

「ふん。『神の最終兵器』だかなんだか知らないが、いい気なもんだ」


 カルナが来るのを待っているようだが、緊張を紛らわせたいのか、すっかり陰口に没頭していた。

 どうやら、彼らはカルナのことが気に入らないらしい。


「やれやれ。神都からわざわざこんな地方にまで来なくてもな」

「おかげで俺たち地方の騎士は、ずっとじみーな下働きばっかりだ」

「それで手柄は丸ごとアイツが持っていっちまうんだろ? やってらんねえよ」

「……まったくだぜ、俺たちは飾りみたいなもんじゃねえか」


 そんな吐き捨てるような声が、明け方の空気に溶けていった。


 村に来たときから、カルナだけ雰囲気が違うと思ってはいたけど、やっぱり他の5人にとってもあの人は異物らしい。


「そもそも、アイツが言ってることだって本当かどうか。この地方に未曾有のモンスター災害が発生するかもしれない、なんて」

「大騒ぎして、結局何にも起こんなかったりして」

「だーはっはっはっはっは! そいつはいい面の皮だな」

「そうなったら、あの爽やかフェイスはどうなるんだろうな?」

「「「たーのーしーみー♪」」」


 盛りあがる陰口を、一人の神殿騎士が小声でたしなめる。


「おい、よせよ。あれでも本部の騎士様だぞ。陰口なんて知られたら大変だぞ」


 外からではわからなかったけど、カルナと他の5人の間には大きな権力の差と確執があるみたいだ。


 そんなジメッとした空気を断つように、軽やかな声が割って入った。


「いやだなあ、私はそんなこと気にしませんよ」


 渦中の男は、タイミングを見計らったかのように、音も立てずに現れた。

 神殿騎士たちの顔が、目に見えて引きつっていく。


「カルナ=ヴェリスっ、さま!」

「い、いつからそこに?」

「今ですよ。こっそり聞き耳を立てたりしてませんし、する必要もありません」


 その言葉に、神殿騎士たちはそれぞれホッとしたような表情や、バツの悪そうな表情を浮かべていた。


「それでは、皆さん。攫われた子どもたちの救出に向かいましょう。子どもの足ではそう遠くまでは行けないはずです」

「「「了解!」」」


 カチャカチャと鎧の触れ合う音と共に、6人の神殿騎士が村を出発した。

 僕はその内のひとりの影へと潜り、こっそりとついていった。




【しゅぞく<あくま>れべる1】

【<シャドー>にへんしんか】

【アビリティ<かげしばり>をかくとく】


 これはコカトリスとの戦闘中に流れた神の啓示だ。


 新たに解放された種族<悪魔>のレベル1は、シャドーという影のモンスターだった。

 こいつが持っている固有の特徴として、影に潜れるというものがある。

 それが今、これ以上ないタイミングで役に立っている。


「今回の事件の犯人は『カンタリス』です」

「カンタリス?」

「海にセイレーンってモンスターがいるでしょう?」

「ああ、美しい歌声で人を惑わせて、船を難破させるってヤツですよね」


 そのモンスターなら僕だって知っている。

 小さい頃に修道女モナリス・リウィアが聞かせてくれた夜話にも出てきた有名なモンスターだ。


「あれの森バージョンです」

「なるほど」

「だから子どもたちは自分の足で村を出ていったんですね」

「……ん? どういうことだ?」


 どうにも察しの悪いおじさん騎士がいるようだ。

 仲間の騎士がやれやれという表情で、かみ砕いた説明をする。


「だからな。そのカンタリスってモンスターも歌で子どもを惑わせて、自分から村を離れて森に入るように誘導したってことだよ」

「ああ、なるほど。だから、子どもたちは自分の足で村を出ていったのか」

「そういうことだ」


 ようやく他の騎士たちに理解が追いついたようだが、おじさん騎士は再び首を傾げた。


「でも、そんな奇妙なモンスターを俺は知らんぞ?」

「…………?」

「このあたりは俺たちの管轄だ。モンスター退治の依頼も少なくない。だが、『カンタリス』なんてモンスターも、こんな風に子どもが攫われる被害も初めてだ。なぜ、急にそんな変なモンスターが現れたんだ?」


 おじさん騎士の疑問に答えられる仲間はおらず、皆が一様に顔を見合わせたあと、視線はカルナへと集中した。


「本来、『カンタリス』は森の深いところや洞窟の奥に生息しています。標的も人間の子どもではなくゴブリンなど小人型こびとがたのモンスターです」

「じゃあ、なんで今回は人間の子どもを狙ったんだよ」

「それはもちろん、ナワバリが変わったからですよ。住むところが変われば、獲物も変わる。それは人もモンスターも同じことです」

「ナワバリが? どうしてそんな――あっ」


 そこまで言って、おじさん騎士も理由に思い至ったようだ。

 自分でも口にしていた『未曾有のモンスター災害』が原因であることに。


「そうです。追い出されたんです。もっと強大で凶悪なモンスターに」


 沈黙が広がった。

 ごくり、と生唾を飲み込む音が聞こえる。


 その静寂の底から、かすかに聞こえてくる澄んだ声。

 高く、元気な、子どもたちの歌声だ。


「どうやら追いついたようですよ」


 カルナの言葉に、神殿騎士たちの表情が引き締まった。

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