15.ぜんぶ聞いちゃったせいだ


「そうなんですよ。……ええ。青い顔をして、朝一で街に引き返したそうで。……ええ。本当に」


 朝のお掃除をしながら、私は修道女モナリスたちの噂話に聞き耳を立てていました。

 話題に挙がっているのは、どうやら昨日の代官のようです。


 まだ小さなマリウスを蹴り殺そうとした最低な奴。

 助けに入ったザンマを何度も踏みつけた悪魔のような奴。

 そして、私を品定めするような目で見てきたイヤらしい奴。


 通常、代官による視察は早くても三日、長ければ一週間くらい滞在するそうですが、なぜかあの男は一晩で帰ってしまったらしいです。


 しかも、「この村の宿にはモンスターがいる! こんな危険なところに居られるものか!!」という捨て台詞を残して。


 彼が泊まっていた部屋のベッドには、刃物が刺さっていた跡がいくつも残されていたそうですが、本人の持っていた短刀による自作自演だろうというのが村の人たちの見解のようです。


「自分が帰りたかっただけのくせに、うちの宿のせいにしやがって」

「それどころか、ベッドの弁償だってしてもらってないわよ」


 村で唯一の宿屋の営んでいるご夫婦もすっかりおかんむりですが、貴族を相手に何を言っても無駄だと諦めているご様子でした。



「この前のスライムと何か関係があったりするのでしょうか」


 修道女モナリスの一人が、少し怯えたような表情で気になることを口にしました。『スライム』と聞くと、やはり、あの日見た紫色のスライムを思い出します。


 私の命を救ってくれた、あのスライムのことを。


「無いとも言い切れませんが……、その件はすでに修道院長アッバスから神殿に報告して頂いてますから」


 そんな話をしている二人の会話に、私は割って入ることにしました。


「『この前のスライム』とは何のことですか?」

「あっ……、いえ。何でもありませんよ」

「エリシアには関係のないことです」


 あからさまに隠そうとする態度。

 教会としてはあまり聞かれたくない話のようです。それならと、


「そうですか……。それでは、修道院長アッバスに伺うことにします」


 私がそう言うと、二人の顔色がみるみる青くなりました。

 見習いのいる場所で、教会の秘め事を立ち話していたことがバレたら、自分たちが怒られると思ったのでしょう。


修道院長アッバスから神殿に報告もされているんですよね?」


 全部聞いていたぞ、という含みを持たせて更に一言添えると、修道女モナリスが小さくため息をついて「仕方ありませんね」と頭を横に振りました。


 他言無用、と念を押されたうえで教えて貰ったのは、つい先日、この教会にスライムが出てきたという話でした。もちろん私は聞きました。


「そのスライムは何色でしたか?」と。


 しかし、残念ながらスライムの色は私の期待したものとは違っていました。

 色は水色。本当にただのスライムだったようです。

 私を助けてくれた、あの不思議なスライムではなかったことが分かり、私の興味は急速にしぼんでいきました。


 修道女モナリスたちとの会話をさっさと切り上げると、掃除を終わらせて休憩を取ります。


 向かったのはマリウスのところです。

 回復の祈祷術レクリペロによって、身体的な危機からは脱したものの、幼い子どもの精神こころに深い傷が残ってしまいました。


 今のマリウスは、孤児院から外に出ることが出来ません。

 それどころか、同じ孤児院の仲間の一挙一動にすら身構えてしまうため、大部屋で生活することもできず、今は物置をひとつ、彼の個室として使用しています。


 だからといって、マリウスを一人きりにするのも良くありません。

 いつかは個室を出て、仲間たちと生活していけるように。


「――とうさ。――――――に来ない。――逃げ帰った――――」


 扉を開けようとしたら、マリウスの部屋から声が聞こえてきました。

 何人もいっぺんに部屋に入ってきたら、マリウスを怖がらせてしまうかもしれません。私は先客が出てくるのを、扉の前で待つことにしました。


 …………話が聞こえてしまうのは、不可抗力です。


「だからさ、あの悪代官。きっと、目をむき出しにしてこう言ったんだよ。『あはっはわかったひゅぐいへへいくすぐにでていく! はかあほうだからもうやへへくえやめてくれ!!』ってさ」

「あはははは。なぁに、その言い方。それに顔、顔が。あはっ、あはははは!」


 どうやら、部屋の中にいるのはザンマのようです。

 マリウスの楽しそうな笑い声が、心地よく響きます。


 ザンマはマリウスに、あの代官がいかに無様に村を去っていったか、身振り手振りを交えて話しているようでした。扉越しに聞いていても、とてもリアリティあふれる無様な代官の様子が伝わってきて、笑いをかみ殺すのが大変です。


「なかなか上手いもんでしょ」

「うん。まるで近くで見てきたみたい」

「あっ、そう? そうかな? あは、あははははははっ」


 二人の話を聞きながら、私は背筋がぞわっとしました。

 私もマリウスを同じことを思ったからです。


 少年が想像で話しているにしては、あまりにも現実に則しすぎていました。


 代官がいた部屋の中、家具の配置にも矛盾がありません。

 孤児である彼が、宿の部屋についてそんなに詳しく知っているものでしょうか。

 よしんば、何かの手伝いで入ったことがあったとしても、鮮明に覚えていられるものでしょうか。


『この村の宿にはモンスターがいる!』


 代官は一体、あの部屋で何を見たのでしょう。

 そして昨晩、彼はどこにいたのでしょうか。


『すぐに、追い出してやる』


 昨日、彼が口にした言葉が頭の中を巡ります。


 何をバカなことを、と思われるかもしれません。

 もちろん、ザンマのことを疑いたいわけでもありません。


 それでも。突拍子もない考えだと思うのに、どうしても頭から離れないのです。

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