第4話2024.08.08-09 言葉と出会うために本を読む
家族全員、なんとなく調子が悪い。私は心の基礎疾患が極端に悪化しているし、パートナーも体の持病によって不調気味で、愛猫は分離不安を拗らせてしまっている。それをなんとか支えようと、愛猫といる時間をできる範囲で確保したり、パートナーのケアにも気を配っているものの、自分自身のキャパシティにも限界があって、ケアが深夜3時近くにまで及ぶとさすがに消耗してしまう。
このような有様なのでほとんど本も読めていないし、ただただ自責感が募る一方だ。働くと本が読めなくなるとはよく言うが、気持ちのゆとりがなければ働いていなくても本は読めない。ケアのための本はいくつも見繕ったし、先日本棚を整理して、より今の自分に近いところにありそうな本や、再読本などを整理した。
その中には、シベリア抑留の苦難の憂き目に遭った石原吉郎にまつわる詩文集や、子規の『病牀六尺』、高村光太郎『智恵子抄』と、現代詩人文庫から出ている『高村光太郎詩集』、もう少し新しいところで言えば笹井宏之『えーえんとくちから』、萩原慎一郎『歌集 滑走路』、吉田隼人の歌集『忘却のための試論』と、彼の書評エッセイ集『死にたいのに死ねないので本を読む』、今注目を集める歌人・上篠翔の歌集『エモーショナルきりん大全』と彼の日記ZINEである『viviな日々の罅 vol.2』などが並ぶ。
そのさらに隣にはNHKブックスから出ているフランクルの『夜と霧』にまつわる100分de名著のテキストや、NHKこころの時代のテキスト、さらには私がフォローしている宮地尚子が監修した『100分de名著 安克昌 心の傷を癒すということ』、斎藤環の『100分de名著 集中講義 中井久夫』、『オープンダイアローグとは何か』、そして土門蘭『死ぬまで生きる日記』などが配置されている。
歌集はすべて再読本で、石原吉郎については講談社文芸文庫版『石原吉郎詩文集』が読みさしのままになってしまっている。戦後80年の今年、読むにふさわしい詩人のひとりでもあろうし、私自身は吉増剛造『詩とは何か』で彼の名を知り、大学の国文科の教授も彼を評価していたと聞き及んでいた。
さらに先々月読んだ暮しの手帖にて、國分功一郎が紹介していたのも記憶に新しい。最近だと中公文庫から『石原吉郎 シベリア抑留詩人の生と詩』が刊行されたばかりで、こちらも近々入手したいと思っている。
こうして本が並んだ本棚を眺めていると、自分自身がまだまだ詩歌に強い思い入れを持っていることがわかるとともに、それらに対して強い挫折感を抱いてしまっているようにも思えてならない。
私の短歌は拙く、詩を書こうとしても散文の度合いが強くなることがここのところ多くて、そうして小説に戻ってきた身として、一時はアジールとして機能していた詩から離れてしまったことを心苦しく思うと共に、自分自身が本名に詩という字を戴きながらも、その重みに耐えかねていることにも気づく。
少なくとも私にとって詩は生半可な気持ちで付き合えるものではなかった。今一度優れた詩歌に触れて、幾らかでもその芳香を身に心に浴びて、自分の糧としたいという気持ちが強いのだろう。それはコンプレックスの裏返しに他ならない。
心理学については当事者の目線から、さまざまな医療系の本や、当事者に向けて精神科医が書いた本などを集めて読んできた。いわば書物も薬箱とも言うべき存在で、私の本棚の一角はそうした本たちで占められている。
だがそのうちのどれほどがこの身の糧となり、血肉となってきたのだろうかと自問する。少なくとも宮地尚子『傷を愛せるか』に克明に記された「傷と共に生きる」というメッセージは私を生かしつづけてきた。
夜中眠れずに徹夜で朝を迎えるたび、その朝日に刺されるようにして眠るまでの間に、私はじっと傷を抱えて椅子の上で身を丸めて夜をやり過ごした。
そうした夜にあって、私を生かしたのは言葉と音楽に他ならない。かつて、大学の後輩に「何のために本を読んでいるんですか?」と問われたことがある。私は「言葉と出会うために本を読んでいる」と返したのを今でも覚えている。友も少なく、その後輩とも袂を分つことになってからも、私の本に寄せる思いは当時から少しも変わってはいない。
本を読んでいる間、私は著者と、あるいは作中の人物たちとの対話を重ねる。新たな言葉と出会い、それによって傷を慰撫される。ただそこにのみ、私にとって本を読む価値がある。
立秋を迎え、読書の秋がやってくる。整理した本棚のうちから、次に手に取る本はどれにしようかと思い悩みつつ、今日もまた夜を越してゆく。
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