踏むもの、踏まれるもの
八重土竜
ブランコ
知人のCさんは、最近住居を移した。
ちょうど、前のアパートの更新が切れたことと、前の住居に気に入らないところがあったからだと彼女は語った。
Cさんは新たな部屋に不満はなく、快適に過ごしているという。
しかし、一つだけ気になることがあるのだ。とCさんは語った。
それは、彼女のアパートからほど近い川についてらしい。
ところで、Cさんの趣味はランニングである。初めは不眠症の対策として、走るとよく眠れると聞いて始めたものだったが、走っている間は無心になれるのがよいのだと、微笑みながら語った。
一種の精神統一のような物らしい。
Cさんのランニングコースは、アパートからほど近いお寺に隣接した公園から始まる。手入れの行き届いた公園には、いくつかの遊具と、大小のベンチや東屋があり、日中は家族連れや子供でにぎわっている。公園の中央には池があり、その公園の池から流れる川に沿って、遊歩道が5キロほど住宅街の間を縫うように伸びている。その遊歩道を行って帰ってくる。往復で10キロのコースだ。
遊歩道は手入が行き届いており、川の左右には植え込みが整備されていて、四季折々の花が咲く。桜の時期は、桜吹雪の中を走るのだとCさんは語った。
都会の住宅街というのもあって、道は整備され、夜でも街頭で煌々と明るい。どんな時間帯でも人を見ないことはない。散歩をする老人、子供連れの親子、買い物帰りの主婦、仕事帰りのサラリーマン、自転車に乗った子供、犬を散歩させる人。もちろん、Cさんのようなランナーも少なくはない。
そんなランニングコースを走る折、不思議な体験をするのだという。
ブランコ
無事に仕事を定時で上がれると、Cさんは必ずランニングに出る。雨天や風の強い日以外は、寒かろうが暑かろうが走りに行く。それが生活のルーティンになっていた。
ランニングウェアに着替え、軽くストレッチをしてからイヤホンを耳に押し込んで走り出す。
公園までは200メートルほど。
夜の公園に人影はない。橙色の明かりが地面に落ちて濃い影を作っていた。
公園を横目にして、遊歩道へと出ようという時だ。
広場の方から、ギィ、ギィ、と金属のこすりあわされる不快な音が聞こえてきた。
何事かと思って、音の方へ目を向けると、それは広場の端に設置された、遊具コーナーからだった。
日は落ちきっていないが、もう子供は帰っていないとおかしい時間帯だ。こんな時間まで遊んでいるのは危ないとCさんは思って、遊具の方へと向かった。
ジャングルジムに、滑り台、鉄棒に、上り棒、雲梯。見慣れた遊具に交じって、見たことはあるが名前のわからない遊具もある。
その遊具の間に、ブランコが一つ。オレンジ色っぽい街灯に照らされて、薄闇の中にくっきりと浮かび上がっていた。
そのブランコが、人ものっていないのにギイギイと苦しげな音を立てて規則正しく揺れている。
Cさんは唖然としてその様子をしばらく眺めていた。
ギイギイという音がどんどん激しくなってきて、ブランコが壊れるのではないかと暴れ始めたその時だった。何の前触れもなく、ブランコがぴたりととまった。
それは、あまりにも唐突だったので、Cさんは身構える暇もなかった。
ブランコを照らしている街灯の明かりの下に、人の足の影が見えた。
Cさんは無我夢中で走りだした。
その日は、ベストタイムを出したのだという。
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