第3話
もうどれくらい経っただろうか。俺の持ち主は、何度も何度も移り変わっている。
ある時は山賊のような容姿の汚らしい男に。ある時はそこそこ身分の高そうな貴族風の少女に。ある時は大剣を背負った筋骨隆々の戦士に。ある時は女性的なラインをたたえた猫の獣人に。
そして今は……どうやら、あまり素行の良くない輩に握られているようだ。
「おいてめえ! 返せ! 俺のカネだぞそれはっ!!」
さっきまでの持ち主───傭兵のような格好の男性が、俺を含めた数枚の銀貨を力強く握りしめて駆ける、小汚い少年を追う。
少年もすばしっこいが、男性も鍛えているからか付かず離れずといった感じでチェイスが続いている。
なお街の人々は、彼らの逃走(追走)劇を遠巻きに眺めているだけだ。その視線は奇異のものであったり、面白おかしく茶化そうとしている類いであったり、さまざまだ。
拳の隙間から見えている範囲の話だが。
「bage、クソガキっ!! logoruぞ!!!」
「はあっ、はぁっ、はっ、はぁっ……!!」
必死に逃げ延びようとする少年だが、その走行速度は確実に落ちてきている。男性の方はそれを認めると、ギアを若干上げてくる。
しょせんは栄養失調のガキだ。たぶん本職と思われる戦闘のプロからしたら、その気になれば追いつけるような程度なのかもしれない。
……俺があんまり今の持ち主を良し様に言わないのは、実際この少年がただの盗人だからだ。
傭兵風の男性が露店でメシを買おうとしてたら、受け渡されたメシと一緒に金も奪ったのがこの少年である。
(斬り殺されろとまでは言わねえけど……な)
男性からある程度の制裁は受けても仕方ない、とは思ってしまう。貧困は可哀想だと思うが、だからといって非道徳的な行為が許されるわけではない。
が、少年には地の利があった。もうすぐ傭兵が追いつこうかというところで、少年がある角を曲がると、その間近にあった路地に姿を隠し、さらにその路地内に幾多にも広がる道から最も目立たない位置のルートを選択して飛び込む。
そのまま道の奥まで走り、更にこの路地内の角を曲がって息をひそめる。
それから数瞬遅れて近場までやってきた傭兵風の男性は、キョロキョロと辺りを見回しながら少年を見つけ出そうとするが……。
残念ながら、完璧に見失ってしまったようで。
「くそッ!!」
男性は悪態をついて、元いた繁華街の方に戻っていった。
「……ふう」
安心したように、息を吐く少年。
顔は見えないが、拳までも伝わってくる心臓の拍が、だんだんとペースを落としていくのを感じる。
(この子の勝ちか)
なんとも言えない気持ちになるが、まあこういうこともあるだろう。悪いヤツが勝つ世の中なんて、前世からしてそうだ。
うちの会社も、営業の奴らは客の無知を利用して高いオプションをつけようとしていた覚えがある。
あいつら営業のお陰で社に利益が生じてたのも事実だから、その恩恵を受けてた俺が人のことを偉そうに評価できはしないのだが……というか営業の連中としては、利益集団が利益を得ようとするのは当然だと言いそうだ。
少年は壁に背をもたれて休んでいたが、しばらくして立ち上がり、路地の奥へと歩を進めていく。
「へへ、オレも案外hoxucenpya相手でも逃げられるじゃんか」
独りごちる少年。ある名詞部分が聞き取れなかったが、どうやら純粋な速力で逃げられたと思っているらしい。
あえて文句をつけるのは野暮だろう。つーかつけたくてもつけられないし。
(惨たらしい最期を迎えなきゃいいが)
思うのは、そのぐらいのものだ。
★★★★★★
またもや月日が流れた。あのスラムの少年───あれから数日で食い物と引き換えに換金されて別れた───は、何十回前の持ち主になるだろうか。
お陰でそろそろこの国の言語というのも分かってきたが、言葉がわかるからって俺にできることはなにもない。なんたって単なる銀貨だから。
……今更だがよくよく考えると、親父が遺してくれた記念銀貨のために俺はあのビルで踵を返したのだ。俺の魂になんの因果があったか知らないが、導線自体はそこにあるということ。
あの時の俺は助からなかったが、しかしそういえば俺は神頼みをした記憶がある。
もしかしたら現状というのは、そんな俺の願いを叶えてくれた神様によるモノだったりするのかもしれないな、と思う。……個人的には、転生なんかよりあの時助けてくれよ、という感想しか持たないが。
とはいえ過ぎたことは仕方ない。もう数年は前の事柄だ。思いも色褪せている。
俺が思案していると、突然声が響く。密閉空間の外、つまり外界からだ。
「……っかし、この国も遂に戦争かよ。ヌトラルとローライトの連合に勝てんのか? 向こうは資源も豊富だし、兵站も魔法もあっちのが優れてるぜ」
誰かと思ったら、現在の持ち主───冒険者の男が、同業とみられる男に話しかけていたようだった。内容はどうやら戦争のことについてらしい。
「代わりに、ホステイルの兵は畑から獲れるからな。地上の白兵戦だけならそうムズかしい話じゃあねえよ、白兵戦だけならな」
含みのある言い方をする相方の男性。詳細な事情がわからないので何とも言えないが、持ち主の冒険者の発言から汲みとって考えるに、まるで海戦や遠隔からの魔法の撃ち合いなどになるとヤバいとでも言いたげな雰囲気だ。
「……やっぱしさあ、ローライトに行った方がよくね? そらアイツらゲスだけど、どう考えてもこの戦……」
「その時はその時だろ。お前まさか、国を捨てんのか?」
「俺は天涯孤独だもん。おまえは家族いるから守りてえだろうけどよう……」
ふたりは旧知の仲のようだったが、展開されていた会話の内容からして、この時の両者間にはあまり良い雰囲気がないように見えた。そして話しているうちにそりが合わなくなったのか、相手方が早々に話を切り上げ、背を向け去ってしまった。
持ち主の冒険者はバツの悪そうな反応を示していたが、少しぶつくさ独り言を吐いたあと、重い足取りで先ほどの男が去った方向───ホステイル側前線陣地に、向かっていった。
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