第4枝 光明……のはずだった

〈本日の豆知識【TIPS:3】〉

 女神ノラはうどんより蕎麦が好き。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「なんかごめんね?」

「いや、良いよ。俺のためでもあるし」


 俺は今木の実を抱いて歩いている。理由は単純明快で、木の実の歩く速度が遅すぎたから。まぁ冷静に考えれば分かる。直径10cmくらいの木の実がそんなに速く移動できるわけがなかったのだ。


「それで、まだ水場は遠いのか?」

「もうちょっとだよ!」


 もうちょっとってさっきからずっと言ってるけど、もう巨大樹に着くぞ? つまり30分近く歩いてるというわけだ。

 ……もしかしてコイツ思った以上に頭脳犯なのか!? 自分が俺より歩くのが遅いのを分かってて、移動手段として俺を利用したのか!?


「お前もしかして俺を騙そうとして――」

「――あった!」

「え?」

「え?」


 俺と木の実の疑問符が重なった。ただその意味は違う。俺は水場があったことへの驚きで、木の実は俺に疑われたことへの驚き。


「えっと……ごめん。今のは俺が悪い」

「あ、ううん! 良いよ良いよ! 僕が最初にどれくらい遠いか言うべきだったよ!」


 うっ……木の実が良いやつ過ぎる……心が痛い……ッ!


「いや、本当に俺が悪いよこれ……おじさんの心の汚さが浮き彫りになったよ……」

「おじさん?」

「あ、いや、こっちの話だ」


 外見は15歳だったな。おじさんじゃないんだ。


「ていうかここってさ――」

「――うん! 進化の樹のお膝元だよ!」

「――巨大樹じゃん」

「え?」

「え?」


 また俺と木の実の言葉が重なる。だが、今回は俺が悪いなんてことはない。正真正銘2人とも純粋な疑問だ。


「え、いやいや、まって? 進化の樹ってこの巨大樹の事だったのか!?」

「うん、そうだよ?」


 まじかよ……てかこんなすぐ近くに湧き水あったのかよ……。


「進化の樹の近くは進化体が定住できないからね。綺麗な水が流れてるんだ」

「なるほど」


 俺と木の実は岩から染み出す湧き水に近づき、木の実は水が落ちてくる場所に転がり込んで直接水を浴び、俺は落ちる途中の水を両手で掬って飲む。


「――うっっっま! え、これただの水だよな!?」

「美味しいよねここの水!」


 なんと言えば良いのだろう。雑味が一切無いのだ。口当たりがありえないくらい滑らかで、清涼感が天元突破している。これを飲んだだけで、お風呂上がりの爽やかさレベルの清涼感が全身を駆け巡った。


「これは……最高の水を見つけちまったな」


 これで水問題は解決だ。後は食料と火だけど……お腹は減っていてもまだご飯は大丈夫だ。問題は火だな。もう夜と呼んでいいくらいには暗い。結構寒い。


「なぁ、火ってどうにかして手に入ったりしないか?」

「火? うーん、魔法使えば良いんじゃないかな?」

「魔法!?」


 魔法があるのかこの世界! 異世界感どんどん増してくなおい! ……って異世界だったな。


「うん、魔法だよ。簡単な魔法なら使えるでしょ? 第一進化体なんだし!」

「第一進化体?」

「うん!」

「俺が?」

「うん!」


 何だそれは……そういえばスケルトンリバードラゴンは第七進化体って言ってたか? 凄そうだな。それに反して俺はしょぼいな何か。


 そんな事を考えて俺が黙っていると、木の実がコロコロと転がって俺の足にぶつかった。


「ん?」

「もしかしてだけど進化体を知らない?」

「え、あー……実は」


 ここまで一緒に居てはっきりした。こいつは良い木の実だ。それも超が付くくらい。自分から語る気は無いけれど、こいつになら聞かれたことは全部正直に話しても良いだろう。


「そっかぁ……そういう進化体も居るんだね。じゃあ僕が話してあげるよ!」

「おぉそれはありがたい! ……いや、でも良いのか?」

「何が?」

「もう結構暗いだろ? 先に用事を済ませた方が良いんじゃないか?」

 

 俺が親切心でそう言うと、木の実は何当然の事を聞いてるんだとでも言いたげに笑う。


「あはは! 進化の樹は夜は夜行性の進化体しか入れないじゃん! 僕は昼行性だからもう駄目だよー」

「え、あーそうなんだ……?」

「もしかしてそれも知らないの?」

「……うっす」

「わぁ……世間知らずにもほどがあるねぇ」


 おお、意外と辛辣だな。


「世間知らずで悪かったな。でも、実はゆっくり話すには他にも問題があるんだ」

「問題?」

「そうだ……寒すぎる! 火が無いと死んでしまう!」


 まじでこの服終わってる。この気温で薄布1枚とか本当に信じられんあの女神!


「あーそっか、そう言えば火が必要って言ってたね。じゃあ進化体の説明の前に、まずは魔法の話をしよっか!」

「よろしくお願いします」


 そして俺達は巨大樹の近くにあるちょっとした――巨大樹基準で――洞窟に入って休むことにした。そこで木の実先生による魔法の講義が始まる。


「魔法は魔力で発現させる力だよ!」

「うん」

「うん!」

「……え? 終わり?」

「終わり!」


 終わった……2つの意味で終わった。講義も終わったし俺の命も終わった。


「木の実に期待した俺が馬鹿だった」

「あっ、せっかく説明したのに酷い言い方だ!」

「可愛い声で凄まれても怖くないです~。悔しかったらもっと丁寧に説明して下さい~」

「かわっ!? それに丁寧に説明したよ! 魔法を使えない君の方がおかしいんだ! ばーかばーか!」

「なんだと!? そう言うお前の方が馬鹿だろ!」

「君の方がばかだよ! ばーかばーか!」


 ……はぁ、何を木の実と言い合ってるんだ俺は。


「やめだやめ。お前も俺も悪くない」

「むぅ……なんか一方的に馬鹿にされた気分」

「それはごめん。でも今の説明じゃ魔法の使い方が分かんないんだから仕方ないだろ?」

「そうだけどさぁ……」


 恐らく木の実にとって、魔法は呼吸と同じくらい当然のことなんだろうな。俺だってどうやって呼吸するのかって聞かれたら『息を吸って吐く』って言いそうだ。


 ……ん? 呼吸同然なら木の実が魔法使えるんじゃ……?


「もしかしてだけどさ、お前魔法使えるんじゃないか?」

「あ……」


 おい、やっぱ馬鹿じゃないか。


「やっぱ俺よりお前の方が馬鹿だな」

「うぅ……言い返せないっ!」

「ふっ、冗談だよ。じゃあ火魔法お願いできるか?」

「あっ……」

「え?」


 なんだよ今度は。魔法使えるんだろ? 何が問題なんだ。


「……ない」

「え? なんて?」

「……使えない」

「……嘘だろ? おい、違うよな?」

「僕、火魔法使えない……」


 終わった。また終わった。凍死だこれ。ハハ、笑える。


「――いや笑えねぇ!? どうすんの!?」

「どうするって言われても……どうしよう! 死んじゃうの!? ねぇ君死んじゃうの!? あとどれくらい!?」

「いや、そんなすぐには死なないと思うけど……俺にも分からん」


 どうすんだこれ。今日1日くらいなら死なないか? 雪山ほど寒いって訳でもないし……そうだ、寝なきゃ死なないみたいなこと聞いたかも!


「よし、俺は寝ない! 生きるんだ!」

「良く分からないけど僕も寝ない! 生きるんだ!」

「お前は寒くても死なないだろ……」


 なんてツッコミをするのも、気を紛らわせるためかも知れない。ふざけながら強がっていても、怖いものは怖い。良い歳したおっさんでも、この状況は普通に怖い。

 やっぱり異世界に来ても不幸に見舞われるみたいだ。というか原因は女神にあるような気も……やっぱあの女神助けに来いよ。頼むって。





 ――ガサッガサッ。


「なんだ?」


 あれから20分ほど経っただろうか。

 俺と木の実が八方塞がりな状況に呆然と休んでいると、巨大樹改め進化の樹の方から足音が聞こえてきた。

 

「他の進化体かも……」

「他って……やばい奴の可能性もあるか?」

「……うん。見つからない方が良いよ」


 先住民である木の実が言うのならそうなのだろう。息を殺したほうが良い。


 ガサッ…………ガサッ…………ガサッ……ガサッガサッ。


 近づいてきて、洞窟の前で止まった……?


「どうしよう君……」

「しっ!」


 外の奴に聞かれないように、消え入るくらいの小声で話してはいるものの、聞かれる可能性は0ではない。それこそスケルトンリバードラゴンとやらと同じ第五進化体とかだったらまずいのだろう。


 ……ガサッ、ガサッ……ガサッ…………ガサッ………………。


「行ったか――」

「――誰が? あ、もしかして私?」

「なッ!?」


 突然背後から聞こえた未知の声に、俺は木の実を抱えて飛び退く。


「えーそんなに驚かなくて良いのにー」

「誰だお前……」

「わぁ凄い警戒心。未進化体を大事そうに抱えちゃってかわいいー」


 突然現れたのは、見た目は若返った俺と年の変わらない普通の女の子だった。薄水色の髪の毛をゆらゆらと揺らしながら、まん丸の大きな黄色の瞳を細めて可愛く微笑んでいる。

 けれど、コイツはヤバい。俺の本能が全力で警戒しろと忠告してきている。今までの人生で感じたことのない感覚だ。


「そんなに警戒されたら私も傷つくなー? 私はこんな所じゃなくてこっちに来て温まりなよって言いに来ただけなのにー」

「生憎知らない人にはついて行くなって育てられたんだ。だから断るよ」

「良いの? 本当に」


 彼女は首を傾げた。コテンっと可愛らしく。

 それだけ俺は全身から冷や汗が溢れ出す。本来なら可愛らしいその動きでも、今の俺には鋭いナイフを突き付けられているのと同じ感覚だ。


 逃げるか? コイツはヤバい。逃げないと殺される。でも逃げられるのか? 突然背後に現れるような奴から。……いや、逃げなきゃここで殺されるだけだ。ここは思い切って――


「――しんじゅ様! 僕は休みたいなー!」

「え?」


 俺が行動に移そうとしたその瞬間。木の実が嬉しそうに女の子に話しかけた。それも名前も知ってるみたいだ。


「うん、良いよ。そもそも休ませるために迎えに来たんだしねー」

「え、えっ……いや、え?」

「ふふ、混乱してる。そこの未進化体も私の正体を言わないなんて酷いねー」


 こいつ……嘘だろ。この木の実、わざと言わなかったのか??


「あ、わざとじゃないからね! 本当に最初は分からなかったんだよ!」

「ふぅん、そうですか。分かりました木の実さん」

「ちょっとやめてよ! その話し方!」

「はい、そうですね木の実さん」

「だからぁ!」


 こいつは良い奴だけど……癖者だな。

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