15:狙われた社畜

 朝。ヤスタケはアラームなしで七時にピタリと起床。

 ブラック企業に勤めていた時代の習慣がまだ体に染みついているのだろうと、ヤスタケは苦笑いした。


【ダンジョンアタック】終了後、彼はホテルに泊まっていた。

 窓の外からは、車のエンジン音が喧騒とし、朝日が差し込んでくる。

 昨日の興奮が、まだヤスタケの胸をうずかせている。


 実況や主催者からの祝福コメントを思い浮かべ、頬が緩む。賞金とトロフィーを受け取った時、そういえば、人生で初めてトロフィーなんて貰うなあと思ってあまり実感が湧かなかった。

 そんな余韻に浸りながら、ヤスタケは軽く伸びをしてベッドから降りた。


「腹減ったな……」


 この一週間くらい、ほとんど何も口にしていなかったことを思い出す。思い出したら、余計に腹がすいた。

 部屋に備え付けのローブを羽織り、ヤスタケはホテルの朝食会場へ向かった。


 一階に到着したエレベーターを降りると、受付を挟んで左側に立て看板が佇んでいた。朝食会場はこちらだという。わかりやすい。


 受付に佇むのは、最初に『町田ダンジョンズ』へとやってきたヤスタケの応対をしてくれた女性スタッフだった。彼女が見守る中で、彼は見事に【漆黒の魔女・アレンビー】を引き当てたのだ。

「おはようございます」のあいさつと共に食券を提示すると、にこやかに受け取ってくれた。そして、ふとヤスタケの顔を見て、目を輝かせた。


「ヤスタケ様! 昨日はおめでとうございます! 本当にすごい【ダンジョンアタック】でした! 最後のレアモンスターを倒したところなんて、私、感動しちゃいましたよ!」

「いや、ははは。ありがとう」


 ヤスタケは照れ笑いを浮かべながら、余り褒められ慣れていないために、そそくさと朝食会場へ向かった。

 焼きたてのパン。色とりどりのフルーツ。和食コーナーには湯気が立つ味噌汁や焼き魚。そしてヤスタケのお目当て――納豆が並んでいる。

 彼は迷わずトレイに納豆を二パック。大盛りのご飯と味噌汁を載せた。


 窓際に空いてる席を見つけたのでそこに座る。両手を合わせて、頭の中で「いただきます」と呟いた。

 すると、他の宿泊客たちの視線がチラチラと彼に集まる。中にはスマホを手に、こっそり写真を撮ろうとする者や、隣のテーブルで「あれ、ヤスタケじゃない?」「配信見た! めっちゃカッコよかった!」などと囁き合う声も聞こえてくる。


 少し気恥ずかしさを感じつつ、ヤスタケは納豆を箸でかき混ぜ始めた。粘りの強い納豆をご飯に絡め、一口頬張ると、ほっとするような懐かしい味が広がる。


「やっぱ朝はこれだな……」


 なんて呟きながら、彼は昨日の【ダンジョンアタック】を振り返った。視聴者数は『町田ダンジョンズ』史上最高。それを抜きにしても、世界中のダンジョン配信と比べても類を見ないほどの注目を集めていた。

 コメント欄を見れば祝福と羨望の嵐。SNSでもこの話題で持ちきりになっている。


 そして何より、一番の嬉しい出来事はこれだ。【四人の不死公ロイヤルアンデッド・ジョーカー】の『召喚カード』を手にしたという達成感。

 全てがうまくハマった【ダンジョンアタック】だった。もしヤスタケが一番最初に手に入れたカードが【漆黒の魔女・アレンビー】でなかったとして、果たしてここまで立ち回れたかどうか。なんて思ったりもした。


 何気に、『ガチャの間』で手に入れた『召喚カード』のレアリティもSRだったのだから、その時のヤスタケは脳汁が大放出していたのだった。

 夜は、そんな三枚のSRカードを眺めながら寝落ちした。


 今が、間違いなく、これまでの人生における幸せの絶頂だ。

 そして今後は、更にこの幸福度数が青天井で突き抜けていくのだと、ヤスタケは信じて疑わなかった。


「あのー、陸奥ヤスタケさんですかぁ?」


 デザートのフルーツポンチを頬張っていると話しかけてくる男の声が聞こえたので、ヤスタケは急いで咀嚼し、まだゴロゴロと口腔内に残るそれを無理やり嚥下して振り返った。

 チャラついた声のまんま、金髪をツンツンに立てて、アロハシャツを着た薄着の色黒男がそこにいた。


 ……ファンか?

 ヤスタケは有頂天になっていた。


「はい、私がそうですが」

「あっそ。じゃ、これあげる」


 男はおもむろにポケットをまさぐった。……いや、まさぐっているのはポケットより上、アロハシャツの裾に隠れていたベルト部分だ。

 取り出したのは、黒々とした重厚感のある――銃。


 パスッパスッパスッ。


 サイレンサーを通して放たれる銃弾は、想像以上にうるさくないものなんだなと、ヤスタケは思った。ドラマでしか知らない発砲音を想像していたものだから、どこか拍子抜けだった。


「は? なにそれ、聞いてな……」


 男は、銃撃を受けても平然としているヤスタケを見て、小首を傾げた。

 こんな至近距離で外した? 弾込め忘れた?

 違う。阻まれたのだ。


 白骨の手に、銃弾は摘ままれていた。親指と人差し指の間に一発。人差し指と中指の間に一発。中指と薬指の間に一発。

 計三発の銃弾は全て、こんなでたらめな方法で防がれていたのだった。


――

レアリティ:SR

タイトル【四人の不死公ロイヤルアンデッド・ジョーカー】

攻撃力:1800

防御力:4200

操作性:C

▶【四人の不死公ロイヤルアンデッド】五体目の不死公。地獄の業火で憎悪を煮詰めて復讐を誓い舞い戻ってきた悪魔の化身。

「殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス……ホラコレデ皆一緒ニ……」

――


 それは【四人の不死公ロイヤルアンデッド・ジョーカー】の手だった。

 片手で易々と銃弾を捉え、そしてもう片方の手は、既に色黒の男を掴んで離さない。


「う、うぎゃあああああああああ!!! 痛で、いでででででで!!! ぐ、ぐるじ……!」


 攻撃力1800の握力は尋常じゃない。

『召喚カード』は攻撃力1で、成人男性と同等の力を有するとされている。普通の人間がただ一人で、太刀打ちできるはずもないのだ。

 男はあっさりと銃を落とし、痛みを訴えるだけの存在になってしまった。


「ありがとう、ジョーカー。助かった」

「容易イコトダ……サテ、殺スカ。オ前モ一緒ニ行コウ……」

「ダメだよ、ジョーカー。冒険者の人殺しは、世間体が悪いんだ。我慢してくれよ」


 ヤスタケはポーカーフェイスを気取ってはいるが、襲撃犯を捉えることができて、内心は穏やかじゃなかった。

 昨日、トロフィーを貰った後に、ツトムから進言されたことを素直に実行していたために、助かった。


「ヤスタケ。キミは有名になり過ぎた。これからは、命を狙われることも念頭に入れて行動するといいだろう。なるべく防御力の強いカードを、ボディーガードとして常に自分の傍に待機させておくことだね」


 特に新米冒険者は餌食になりやすいからね。

 そんな釘をさされてしまえば、そうする他なかった。

 後は「専属冒険者にならないか?」と誘われたが、それは丁重にお断りした。ツトムはむくれていた。


「ヤスタケ様!? 大丈夫ですか!」


 騒ぎを聞きつけた受付やスタッフが、Bレア相当の『召喚カード』を携えてやってきたものの、既にヤスタケが【四人の不死公ロイヤルアンデッド・ジョーカー】で制圧していたので、誰もが冷や汗を垂らすのみであった。


「さ、流石ですね、ヤスタケ様。……では、その下手人はどうされますか?」

「どうって……いや、警察呼んでくれたら助かるんですけど……」


 恐る恐る、聞かれたヤスタケだったが、さも当然に警察と言ったことにより、その場の誰もがほっと胸を撫でおろした。


 SR以上の『召喚カード』を持つ者は、少しくらいの殺人程度・・・・・・・・・・なら黙認されている。

 こんな正当防衛の言い訳が立つ状況ならなおさら、絶対にヤスタケに咎は一切ないのだ。


 ヤスタケもそれは知っていた。それでも、別にそんなことをするつもりはなかった。

 そんな特権が欲しくて冒険者になったわけじゃないからだ。

 ヤスタケは既に、次のダンジョンへと意識を傾けていた。


 東北に新しいダンジョンが生成されたとのニュースを見た。

 現在、【ダンジョンアタック】に挑む冒険者を募っているらしい。

 応募者数が多すぎる場合、カードバトルにてトーナメントを行い、優勝者に【ダンジョンアタック】の権利を与えるものとする。とのこと。

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