第2話 「ごめんください」と「ごめんなさい」


「うーん、どうしよう……」


 腕組みして頭を捻ったが、名案が浮かばない。


「すみませーん、ごめんくださーい!!」


 ひとまず常識的に叫んでみたが、当然ながら返事はない。


「仕方ない、こういう時は、強行突破で決まり!!一応ごめんくださいって叫んだから、入っていいよね?だって、熊とか狼とか出たら怖いし」


 さいは、高い鉄柵を易々とよじ登って、ぴょんっと敷地に飛びった。

 昔から運動神経は良い方で、木登りも得意なのだ。


「こういうの、不法侵入って言うのかもしれないけど。怒られた時、謝ればいいよね」

 

 祭は、一旦、常識を捨てる事にした。

 考えるのを止めて、とりあえず屋敷の入り口まで走った。


「おっきいドア、さすが御屋敷……」

 

 感心して見上げたが、ベルを押す場所が見つからないので、再び声を張り上げた。


 「ごめんくださーい」


 予想した通り、返事はない。


「うーん、どうしよう……これも、非常識な方法になるけど。でも、ここは、乙女ゲームの中で、ヒロインみたいだから。謝ったら許して貰えるよね?でも、先に言います、ごめんなさい!!」


 祭は、扉に向かって両手を合わせ、ぺこりと頭を下げた。

 その後、見事な蹴りを入れた。

 ズッドーンッと大きな音が響いて、扉が開いた、いや、開けたという方が正しい。


「やったあ!開いた!」


 扉を壊した今となっては、不法侵入も何のその、という気持ちになった為、さっさと屋敷に入った。

 「ごめんくださーい」と言うのは忘れなかったが、入って早々に気持ちが挫けた。


 「めちゃくちゃ暗い!電気がない!あ、スマホがあった」


 急いで、スマホを取り出して、ライトにした。


「あーあ、これから、どうしよう」


 頭を抱えていると、何人かの話し声が聞こえた。


「人がいる!」


 祭は、声を頼りに走ったが、そこに人はいなかった。

 赤いカーペットが、どこまでも続いている。


「誰もいない。ここって、廊下だよね?」


 首を傾げた時、若い女性の声が上から聞こえて驚いた。


「可愛いお嬢さん、いらっしゃい」  


 祭が顔を上げると、数えきれないほど沢山の肖像画が、左右ずらりと並んでいた。

 そのほとんどが、貴族令嬢だ。


「え、美術館!?」


 絵の中が光っているので、瞳の色まではっきりと分かる。

 どの令嬢も、うら若く見目麗しい。

 ブロンドをふんわりと結い上げ、見るからに高級そうなドレスを身に纏い、貴族令嬢らしい淑やかな笑みを口元に浮かべて、祭を見下ろしていた。


 「あなたが、第一回目のヒロイン?思ってたより若いのね」


  話し掛けられて、祭は目を丸くした。


 「喋れるって事は、あの……妖魔さんでしょうか?」


 祭としては、失礼のないように、出来るだけ丁寧に聞いたつもりだった。

 しかし、一斉にブーイングが弾けて、怒りの嵐となった。


「私たちが妖魔か、ですって!?私たち皆、乙女ゲームに改正される時に、絵の中に閉じ込められたのよ!この国を、影で牛耳る魔女たちに!」


 「魔王さまが、私たちを売ったから!」


「私たち大半が、妖魔討伐ゲームでは、ルイーベ国の公爵令嬢だったわ。侯爵令嬢、元侍女も、子供たちもいる!」


「なんて失礼な子!!礼儀も知らない!絵から出られないあたしたちを、馬鹿にしているのね?」


「ヒロインだからって、いい気になって!あなたみたいな小娘が、ユトン様に好かれるものですか!」


「そうよ、第二王子のユトン様に気に入られなかったら、大恋愛もできないのよ!五つの願いを叶えたら、それで終わりよ!」


「とっとと、元の世界へおかえり!!」


 非難の渦に巻き込まれたかのようだったが、次々と情報は手に入った。


(魔王もいるのね。ルイーベ国は、魔王が支配する国?魔女が影で牛耳るような国の王子さまって、どんな人?)


永遠に続くと思われたブーイングの嵐も、たった一声で鎮まった。


「だまらんか!!」


 一瞬、王子かと期待して振り向いたが、醜い顔と禿げ頭を見て、がっかりした。


 (ああ、この人が、噂のゴースト子爵ね、守銭奴の)


「何の騒ぎだ!扉を壊したのは誰だ!?壊した犯人どもは、どこへ行った!?」


 大声で、がなり立てる子爵の後ろに、女の人が寄り添うにして立っていた。

 途轍もなく美人だが、どこか、ぞっとする美しさである。


 (肌が透けてる。この人が、ゴースト夫人で間違いない)

 

 身に着けた白いドレスは、細身を際立たせるワンピース形だった。

 ウェディングドレスのスレンダーラインのように、裾が床下まで伸びている。

 漆黒の髪が肩まで垂れて、褐色の瞳は、どういうわけか、祭を責めるように見つめていた。


 (あ、私が壊したって、バレてる。どうしよう、素直に謝ったら、許してくれるかな)


 許してくれるかどうかは別として、ここは正直に言って、謝罪した方が賢明である。

 祭は、そう判断して、頭を下げた。


「扉を壊したのは、私です。ベルの押し位置が分からなくて、蹴りを入れて開けました!ごめんなさい!!」


 急に、しんとなったので、おそるおそる顔を上げてみると、青ざめた醜い顔が目に入った。


 「あの重い扉を、蹴って開けた?」


 「??そこまで重くありませんでしたよ?」


 沈黙が気になって、左右をきょろきょろ見ると、肖像画たちの顔色も悪い。


「え、っと、私、ちょっとだけ力持ちで、思いっきり蹴っちゃったから。あの、本当に、ごめんなさい!!ちゃんと弁償します!王子が叶えてくれる願いのうち一つで、扉を直して貰います!」


 祭は、我ながら名案を思いつけたと大満足したが、ゴースト夫人が進み出て言った。


「あなた、気品の欠片もない子ね。謝ったら許される、そういう考え方自体が間違っているのだと分からない?壊しても謝ればいい、直せばいい?品性の卑しい子ね」


 鈴を転がすような美しい声で、散々に蔑まれたが、それで落ち込む祭ではない。


「壊したものを、今更どうこう言ったって仕方ないでしょ?直したら終わり、それが目の前の現実。あーだこーだ煩いのよ、おばさん!」


 「おばさんですって!?」


 祭は、言い捨てて屋敷を飛び出した。

 肖像画たちの話では、お化け屋敷の前で、王子は待っているらしい。

 どうも、王子が遅刻したようだ。

 

「私、初のヒロインらしいけど、第一回目から遅刻するって……頼りにならない王子さま」


 祭は、もといた場所で待つ方がいいと判断して、再度、鉄柵をよじ登り、ぴょんと飛び降りた。

 しかし、あまりにも暇だったので、スマホで、お化け屋敷を撮る事にした。


「リアルお化け屋敷って、初めて見たし。神主のおばあちゃんと、おじいちゃんにも見せてあげよう」


 そう思って、パシャパシャ撮っていたら、夢中になって気が付かなかった。


「何をしている」


「え?」

 

 祭が、振り向くと、眉を吊り上げた美丈夫が立っていた。


 短髪のブロンドは癖があるが、鼻筋が通って、体格は筋骨たくましい。 


 白シャツが膨らむ程だから、見た目より胸板は厚い筈だ。

 グレーのジーンズは、薄汚れて見えて、祭は何度か瞬きした。

 そして、本音が、ぽろりと口をついて出た。


 「全然、好みじゃない」

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