第26話 カルタ島撤退作戦
内容はこうである。
スチューザンからはツーミダブル・イスラリトアス・クロスロイヤルの三隻、翔陽の妙義・能登の他、入れ替えで駆けつけた赤龍・昇龍の四隻がそれぞれ北と南を先行し、中央に我らの艦隊が続き、他隼鷲・飛鷲及びルーカスがジブタルラル海峡入り口を封鎖する予定となっていた。
「海峡を通るぞ」
輸送船を伴っているため速度は出せずヤキモキするが、予定では五日ほどで到着する予定とのことだ。また、Bボート警戒の直掩隊はスピアフィッシュ隊が引き受け、海たちの隊はその任から免れる事となった。
三日目の明朝
「総員、戦闘配置に付け。敵艦隊発見との報」
朝支度もそこそこに、急いで戦闘服に着替え甲板へ上がる。
コバルトブルーの海面に綺麗な青空、そこに大きな雲が所々にふわふわと漂っている。
「ミア、待たせたな」
騎体の横で待機しているミアに駆け寄ると、皆でカタパルトまで運んだ。
(噴進魚雷……メッテルニヒか)
また当ててやるぞと気合が入る。
「今どんな状況だ?」
「昨日の夜間にイスラリトアスの航空隊がトロイヤのパレント港を強襲したことから始まりです。艦名は夜間なので不明ながら戦艦三隻を撃破したそうです」
「それは、幸先がいいな」
「はい、その帰り南方に浮遊している空母を見たとの事で目下捜索中だそうです」
若い整備兵がテキパキと答えた。
それからすぐに敵報が入る。
「翔陽の艦隊より報告、北西に空母を伴う水上艦隊、東へ向け航行中」
(どうするのだろう、浮遊空母は正確な位置が不明だぞ)
「隊長、何か連絡は……」
「ない、待機だ」
ダリーの焦りが混じった声に海は苛立ちをもって答えた。
「翔陽艦隊より、ビリア方面から来襲した陸上航空隊と交戦中」
「ツーミダブルより、カール領フォーロン港を攻撃」
刻一刻と状況が動く。
そんな折、カルタ島の航空隊より運命を決する連絡が入った。
「敵浮遊空母、島より南西方向、北東に向け五十ノットほどで飛行中」
にわかに空母が活気ずく。
「秋川騎、出撃します」
騎の発動機の出力が上がって来ると同時に背中からものすごい勢いで押された。
「カタパルトはどうしても慣れねぇな」
ふと艦橋方向に目を向けると……。
「あれは……マーガレット公」
ほんの一瞬、視線が交錯する。
(生きていたんだ)
ふと気を戻すと、後ろでミアがあわあわしているので、声をかけ落ち着いた頃には空母の端に差し掛かり勢い任せで天空に騎首を煽り立てる。
「ほっ浮かんだ」
隣の護衛空母からは戦闘騎のスノーキャットおよび雷撃騎のリベンジャーが続々と発艦している。
「隊長」
ダリー達が合流し、周回して編隊を組み始めた時、聞き覚えのある通信が入った。
「よう、元気か? よろしくな」
ノワルドの声だ。「こちらこそ」と海も挨拶を返す。
パーセフォニーの部隊は攻撃隊が七騎に護衛隊が八騎の計十五騎だ。護衛艦隊として収集されたため急降下爆撃騎隊はいない。
空母の直掩隊に手を振り別れを告げ先行している偵察騎の後を追った。
我らが先行し、その後にスノーキャット・リベンジャーがニ十騎ずつ続き、殿にサイクロンが五騎後方を固め、敵艦向けてまっしぐらに飛んでいく。
どれくらい飛行しただろうか、魔探に多数の航空騎の影が表示された。
「敵か、敵にしては方角が違いすぎる」
ノワルドのつぶやきに密かに頷き魔探の示す方へ警戒しつつ視線を注ぎ続けると、翔陽の急降下爆撃騎恒星の編隊がいきなり現れた。
「ノワルドさん、接触してみます」
海は返事を待たぬうちに、編隊を抜け出し彼らの前に躍り出た。
「そちら恒星とお見受けしますが、こちらパーセフォニーの秋川大尉です」
「ああ、良かった、敵かと思ったよ。こちらは草江、敵艦に爆弾を見舞う所だ」
そう言って豪快に笑うのだが、護衛がわずか三騎ほど、雷撃騎は見当たらない。 どうしてなのかと尋ねた所次のような答えが帰ってきた。
「メッテルニヒが発見された時には、暁星は水上魚雷を積んでいた。爆撃騎は積んでいる爆弾自体変わらないのでこちらを先に出させてほしい。空母の甲板を破壊すれば使用ができなくなると山田少将に伝え、大澤指令に許可をもらって出てきた」
ノワルドはその会話を聞いて、共同で行こうと提案し、殿のサイクロン隊に護衛に付いてもらった。
「あの隊は出来るのかい?」
ノワルドの問いに海は「大丈夫です、あの髭のおじさんは翔陽一の急降下爆撃の名手ですよ」と返事を返した。
「敵の直掩騎が来るぞぉ」
「間隔を詰めろ、機銃手用意」
ノワルド達の増魔石が落とされる。
空からFM一九九が魔銃を放ちながら次から次へと流れてくる。
ポスポスポス……バリアを貫く嫌な音が響いた。
「大丈夫だ!」海は周囲を見回して自分とミアに被害が無いことを確認し、吠えた。
空母がはっきりと目に入る。
「突撃準備態勢取れ」
海の声と共に八騎の天空騎士たちが一文字に並び、霊撃体制を整える。
「おっ始まったな」
スカーレットが感嘆の声を上げる。言葉通り草江隊の急降下爆撃の火ぶたが切って落とされ、空母が二度爆発したかと思うと護衛の巡洋艦・駆逐艦が順々に火を上げその後も命中のたびにドカンドカンと何度も爆発して誘爆をし各艦瞬く間に火に包まれた。
「今度は俺らの番だ」
敵の目は急降下爆撃騎に注がれこちらは手薄だ。
「いっけぇーーーー」
スイッチを力いっぱい引くと、魚雷はすっと下に落ちていく。と次の瞬間、おしりから魔動力を吐き出し瞬く間に海を追い越しメッテルニヒ向けて突進した。
みな魚雷を放つと、それぞれ退避を開始し次鋒へと役割を譲って集合地点へ向かった。
後ろでミアが声を上げて興奮していることから、魚雷は命中したようだが地図と睨めっこでそれどころではない。
集合地点に到着したのちしばらく待っていると、ぽつりぽつりと味方が集まりつつあった。
「ノワルドさん、もう一人は?」物静かな男性が見当たらない。
ノワルドはかぶりを振り「帰れなかった」と呟いた。
「敵艦全滅だ、お疲れさん」
わざわざ草江少佐自らが別れのあいさつに来てくれた。よほど嬉しかったのだろう、自慢の髭が逆八の字になっている。
「爆撃、お見事です。お疲れさまでした」
その余韻を抱えながら空母にむけ飛び始めた。
母艦に戻るとなにか微妙な空気が流れている。
「どうしたんだ。何かあった」
海の質問に整備兵は歯切れが悪く「翔陽の……空母が……沈んだとの事です」と答える。
「沈没、どの艦が」海のとっさの問いに「能登と赤龍だそうです」と力無げに答えた。
整備兵が言うには、爆撃隊を出した後すぐに艦攻隊も水上空母に向かわせ、第二波の準備を始めたそうだが、運が悪いことに陸上騎より発見されていた艦隊はメッテルニヒと水上空母群からの攻撃を受けて、甲板に被弾、誘爆となり沈んだとのことだった。
「敵の空母はどうなったか知っているのか」これは今後の作戦でも重要な事であり、残存しているようなら沈めてやりたいと思ったが「田村隊の雷撃により三隻中二隻撃沈、一隻撃破との事」という言葉を聞いて溜飲が多少下がった。
五日目の早朝、陽動のために翔陽の空母からナイジェへ空襲をかけて飛行場の他、巡洋艦やBボートおよび輸送船に打撃を与えたと連絡が入り、同時刻にナナリア島にスチューザンの空母から発進した航空騎で空襲をかけ飛行場の他小型艦を沈めたとの報が入った。
その夜、カルタ島の桟橋に輸送船を着けると近くの洞窟から住民や兵隊が続々と出てきているのが確認できた。
「ほら、急げ」接舷出来ない輸送船や駆逐艦からカッターやゴムボートやいつの間に借り受けたのか大発を使いピストン輸送で人や荷物をあらゆる船に詰め込んでいく。
「出航! 急げ」慌ただしく輸送船が錨を上げると、周囲の船もそれに続き動き出した。
海たちは何度目かのBボート警戒の直掩任務のために騎上の人となり、一時間程たったころ、またも悲報が入ってきた。
「海さん」
「ん、何だいミア」
「クロスロイヤル……Bボートにやられたって……」
話を聞いていると、魚雷を放ったBボートは沈めたものの、クロスロイヤルは沈んだようだとの事。
これ以上被害を出さないようにと、翔陽艦隊とスチューザン艦隊と合流し内海を出ようとするも、プロイデンベルクの属国のバスティーリャ王国がジブタルラルのスチューザンの拠点を急襲し陥落寸前、近くの三空母が支援しているとの急報が伝わる。
速度を上げ、守備隊支援に航空騎隊を出すとの事で海たちも出撃することとなった。
「あいつにしよう」海の視線の先には魔導歩兵のヴィルトカッツェが六体程歩いている。
軟降下しつつ、慣性を利用し爆弾を正面にぶち込む。ドカンと大きな音を出してヴィルトカッツェは地面に沈み込んだ。
「命中」
爆撃と魔銃掃射で地上の敵を蹴散し母艦に返るころには、戦艦秋名と岩湧を始めとした艦隊の砲撃が始まっており、日が落ちるまで前回使用したカッターや大発を利用して残存の守備兵を回収して乗れそうな船に届けることを繰り返した。
わずかに漂っている夕日の明りを頼りに攻撃隊や基地の航空騎が続々と着艦しており、甲板上はてんやわんやとお祭り騒ぎになり、海たちも手伝いを余儀なくされた。
海は薄暗くなったジブタルラルの海を眺める。「さようなら、仲間たち」沈んだ三空母他数多の艦艇・亡くなった航空騎や乗員に静かに黙とうを捧げた。
スチューザンの港に寄港し、相乗りしていたカルタ島の人などの下船を手伝っていると……「隊長、電話ぁ」スカーレットに呼び止められた。
「誰だろう?」受話器を握りしめ耳に当てた。
「はい、秋川です」
「海、忙しいとこスマン」
「三上、どうした?」
「荻野隊長の事やけど……自爆特攻が決まった」
「え、どうして」
「まわりのみんなも反対の声を上げたんだが……覆らへんかった」
海は絶句しその場に立ち尽くした。その後の会話はイマイチ覚えていないが一週間後との事だった。
「どうした」暗い顔を表に下げてとぼとぼ歩いている海にノワルドが声をかけてきた。
「じつは……」三上から聞いたことを一部始終話す。
ノワルドは顎に手を当てて考え込むと、「うちにいたホウィットマンを覚えているか?」と声を出した。
「ホウィットマン?」聞いたことが無い名に戸惑いを覚えている海を見て「メッテルニヒの時に未生還になった男だ」と付け加えた。
「そのホウィットマン氏が何に……」という海をから視線を離し「あいつはふらふらっとこの国に来たやつで、親、兄弟ともプロイデンベルクに殺されて一人生き残ったと言っていた」
「戸籍を乗っ取れと?」流石の海も驚きの声を上げると、ノワルドは「他にいい方法があるのかい」と言って言葉を閉めた。
海は一人では決断しきれぬと思い三上に向け電話を鳴らした。
「うーん」当然のごとく三上も絶句した、のだが次の瞬間「それしかなさそうやな、話……進めてくれや。こっちはどうにかする」と明るく答えたかと思うと即電話を切られた。
ノワルドに三上の返答の事を話すと、微妙な笑顔を浮かべ分かったと頷いた。
海は三上とノワルドのやり取りの仲介をしておおよその話は出来た。早朝に出撃、三上の他疑問を持っている者を抱きこみ見届け人に選出。小型の爆弾を積んで自爆に見せかける。荻野隊長は海が途中から交代で案内しこちらに呼び寄せる。
チン、受話器を置く音がスチューザンの大地に溶けてゆく。
「お忙しそうですね」聞き覚えのある声に海は振り返ると。
「こんにちは、お久しぶりです」マーガレットが可憐な姿を見せて立っていた。
「はっお久しゅうございます」変な言葉になる海を見て、マーガレットはコロコロ笑う。
「えっと、ははは」海も自らの髪をクシャクシャと混ぜ込みどうにか笑顔を作った。
「お聞きしました、また一撃目は秋川大尉だそうで」
「はっありがとうございます」
海の言葉遣いがお気に召さないのか、少しばかり不満げの顔を一瞬見せてすぐに元に戻った。
「お互い、元気そうで何よりであります……」
二人の若者の微笑ましい時間は、少しばかり温かい風と共にゆっくりと流れていった。
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